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pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

『忘却された支配―日本のなかの植民地朝鮮』2

 

 


      第2章 骨と碑の戦後史1

 

今度は山口から遠く離れた北海道の話である。

事実上「強制連行」された朝鮮人たちは北海道だけでも推計14万5千人。「寺や墓地や荒れ地に放置された遺骨を、北海道深川市浄土真宗本願寺派一乗寺住職の殿平義彦さんらが長年かけて見つけ出し、掘り起こしてきた」という。
 そして、「日韓両国の一五ヵ所を巡り、それぞれの土地の人たちと犠牲者を追悼しながらの里帰り」を成し遂げた。つまり、彼ら朝鮮人たちは、かつて汽車に詰め込まれてはるばる北海道各地に送り込まれ、その地で彼らを迎えたの、はタコ部屋であった。逃げれば半殺しか虐殺された。その骨となって打ち捨てられたも同然の骨が、北海道から東京経由で下関~釜山~ソウルまで3千5百キロを旅して帰ったのである。戦後70年の一昨年のことである。ただし、それは115人分の遺骨である。

北海道で特筆すべきは、「北海道に固有の厚い歴史運動の素地があったからだ」という指摘。また若者の参加が多いという点も。地中から遺骨を掘り出し、洗うことを若者たちも行っているというのは希望である。北海道の希望である。


 北見市の小池喜孝氏の開いた「オホーツク民衆史講座」は70年代に「民衆史掘り起こし運動」となったそうだ。住職殿平さんも小池さんに触発されて「空知民衆史講座」を開いたという。さらには道庁が「朝鮮人強制連行実態調査」を90年代後半に実施したというのだから隔世の感がある。

<国内植民地だった故郷>

 そもそも北海道は「開拓地」として明治政府以来扱われてきた。アイヌ民族はアメリカの「インディアン」同様の仕打ちを受けた。そこに「戊辰戦争の敗者、自由民権運動の囚人、都市に流れた農村下層民が投入され、日中戦争の拡大で人手が不足すると朝鮮人が連行され、太平洋戦争期には国策で中国人が拉致され」たということだ。札幌は強制労働によって作られた都市だった。中国人は44年2月から本格化し3万八九三五人が拉致同然に連行され、6830人が死亡したという。

 「日本政府は戦後一貫して「中国人も募集に応じた契約だった」と強制を否定し続けるが、実は敗戦後、中国人強制連行については連合国側からの追及に備え、専門調査員一六人を全国に派遣して詳細な実態調査を行っていた」が、朝鮮人については放置したままであった。

 また、旧内務省ー「特高」元締めの悪名高い官庁ー(初代内務卿の大久保利通の思想を反映して、設立当初から国民生活全般への強度の監視を課題として)の存在がある。自民党内務省復活を目論んでいる。もっとも、現状では「公安」が、その任務を受け継いで、国民監視を働いており、安部内閣が進める特定機密保護法、共謀罪はその戦前回帰願望の表れである。
 その内務省職員の現地視察報告書には、「志願報国」の実体を証明する。

「不意打的人質的略奪的拉致」
「如何なる方式に依るも出動(動員)は全く拉致同様な状態」
 と、記述しているという。自民党の大好きな内務省の職員の記録である。

 その占領軍向けに敗戦直後に作成された極秘文書30部は焼却されたが、2部は密かに持ち出されていたので、一九九三年にNHKにより明らかにされたわけであう。以降は賠償責任を突き付けられていく。

 しかし、この中国と韓国に対する日本政府の甚だしい違いは酷いものだ。

 その非道に対して静岡県浜松の高校教師竹内康人さんは一人一人の氏名、出身地を突き止め労働現場を記録した。連行された現場全国一覧表である。3256事業所が、強制確認の別も併せて記されている。

「圧巻は、判明した一万四五一人の死者名簿。本名、創氏名、死亡年月日、年齢、死因が列挙してある実際はもっと多い。賃金を強制貯金させた未払い金事業所一覧。のべ一五四一事業所の債権数、金額、供託先を明記した。竹内さんは未払い郵便貯金の支払いを求めている」

すごい人物である。伊藤智永さんも感動しているわけだ。

この書物には北海道の部分が載せられているが、北海道はまるでハリネズミのようになっているが、日本全国そうなのだ。

 

「人は国家に属し、国家は自国民を守る。そんなおめでたい物語は、100年も前から壊れ始めている。日本人は七〇年前の戦争で、身をもって国家は国民を捨てると知った。戦場での餓死、虐待、特攻、都市空爆、植民地棄民、沖縄戦での民間人大量死。戦後の日本で国家がうさんくさくみられたのは、戦争体験の自然な帰結だった。それでも社会に国家が必要なら、人は国家にきちんと責任をとらせよう。民族の分け隔てに縛られず、日本国が責任を負うべき全ての人、とりわけ非業の死を遂げた人に対して」

これは伊藤智永さんの言葉である。