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昨日、楽しみにしていた映画「空と風と星の詩人尹東柱の生涯」を観にシネマート新宿に出掛けた。これは「ハートァンドハーツ」としてコリアン・フィルムウィークの企画である。
実は私はコリアン映画に偏見を持っていた。いい歳をしたオバちゃんたちが長蛇の列を成してオッカケをやっている姿にウンザリしていたのである。中学生ならいざ知らず、オバちゃんたちが「キャー!ヨン様〜」とか、有り得んわいとかの偏見から、コリアン映画は今まで数本しか観て居なかった。
己の無知を恥ずべし。
今回、尹東柱の他に「バッカス・レディ」も観ようと勇んで行ったが、なんと、満席…
「バッカス・レディ」は韓国の誇る人気大女優、ユン・ヨジョンが主演で、ネット検索しているうちに是非観たくなったのである。
しかし満席…自分が今までコリアン映画に薄い関心しか抱いてなかった甘さを反省せざるを得ないのであった。
「バッカス・レディ」は現在の韓国の高齢化社会の、貧困と孤独の世界を画いた作品であるという。その底辺に生きる主人公をユン・ヨンジュンがどうこなすか観たかったので、この作品はまた観に行くしかない。
さて、「空と風と星の詩人尹東柱の生涯」であるが、期待以上だった。韓国の国民的詩人の儚い人生を短いながら良く描いたと思う。
まず、尹東柱役のカン・ハヌル、現在、中央大学の学生らしいが、尹東柱の姿を描き切った演技だった。
尹東柱を演じるということは、彼の純粋高潔な精神と高い知性、優しさ、強靭さ、そして美しさを出さなければならない。これは実は難しい。それをカン・ハヌルは見事に演じたのである。
モノクロームの画面は彼の美しさを際立たせる。「美男」「美女」とは内面から生まれ出るものである。尹東柱の詩作品から滲む彼の美しさは比類ないのだ。
また、親友で尹と同じく福岡刑務所で獄死した、京都大学生の宋を演じたパク・チョンミンも素晴らしい。
故郷での淡い想いを寄せた女学生の響かせる声、言葉は音楽である。
そして映画全体の通奏低音として尹東柱の詩が数篇現れてくるが、この部分が素晴らしいのは、尹の内面が詩と呼応できているからである。それは、詩が尹の内面から生まれ出る空間を、瞬間を伝えてくる。カン・ハヌルの演技力と監督の力量であろう。
ラスト、福岡刑務所内での取調べでの2人の必死の訴え…これはご覧になる方々の邪魔なので、触れないが、現代への訴えそのものである。
唯一、残念なのは、パンフレットの解説の1項を担当なさった方が、引用した尹東柱の「序詩」を伊吹氏の訳で出したコトである。私も昔、初めて手にした尹の詩集は伊吹訳本だったが、近年調べるとその序詩での「生きとし生けるもの」は伊吹氏の極端な意訳であった。尹東柱は「すべての死にゆくもの」と表現したのだった。180度違う。やってはいけない事を伊吹氏は犯してしまったのだ。
ともあれ、この映画はまた観たい。