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pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

子供を忘れたあなたに

 

 
 

この国は哀しからずや子供さえ眼中にない愚かさに満ち。

(子供のことを本気で考えればすべての政治問題は解決する。)


『 国民のうち「まとも」なのは3割である。すなわち他7割は被爆の犠牲にしようがやむを得ない 』

この言葉は被爆問題を議論していた時、大企業トップなどとつるんでいるある男から直接私が聞いた言葉である。

彼は苦し紛れにうっかり漏らしてしまったのだが、それはまことに正直なかれらの「ホンネ」であったと感じた。

その他7割には私も入る。
あなたはいかがだろうか。
「まとも」な3割に入るのだろうか。

3割とはなかなかの数字である。
優生思想が未だ生き続けている国家である。


明治から現代までまともに子供に向き合う政治は行われなかった。
すなわち
明治から現代までまともに子供に向き合う親は少なかっかったのである。

学校は普及したが全て競争させて選別して奉仕させる目的であった。


一部の良心的な見識と愛情を持った教師たちの苦闘こそあれ、学校とは本来訓練と調教と知識の詰め込みが目的であった。
それは子供の心を抑圧し、萎縮させ、自らの思考を奪い、感性を歪め、利己主義と拝金(学歴)主義と保身(群れ意識)、優越感と劣等感(傲慢と卑屈)を助長するだけであった。
これほど利用しやすい国民はない。
羊たちは沈黙し、食われていることも知らないのである。


いじめ問題が大きく報道された。
いじめとはこの国を支える「ムチ」である。
教育委員会ごときをいじるだけでは100%なにも解決しない。愚かな親を対象にした単なる集票の餌である。
現代、いじめ構造は学校現場そのものなのである。教師も羊となって、いや三猿となってようやく生き延びているに過ぎない。
「いじめを無くすには~~」とTVで「教育評論家」がヘラヘラしゃべっている連中などはその走狗である。


学校現場のどうしようもない行き詰まりから週5日制になったことなど、とうに忘れた親たちは、自分が「楽」をしたいために6日制を熱望する。
学力が下がった?嘘をつくな。あんなペラペラのその場限りのペーパー結果を間に受ける大馬鹿はいないだろう。
そもそも「学力」とは何かという根本的な議論を全くなさずに「点数」だけが「学力」として喧伝されることが異常な国である。いや、幼稚な国である。親である。

塾に行かせて学力を上げる?
何のためだ?
何を目的に幼稚園時代から塾に通わせるのか?

エゴイズム肥大症の子供を育てるためである。
肝臓を無理やり肥大させれば旨いのなんのである。

かくして「いじめ」は国家そのものとなる。
大阪で瓦礫処理反対活動をしていた大学の先生が逮捕され、漸く釈放された。

以下、いじめそのものである。
mi-koさん日記
「12月28日金曜、もじもじ先生釈放!!」
http://smcb.jp/_ps01?post_id=4801527&oid=28342..


3割のための議会制民主主義隠れ独裁国家である。
見せしめ逮捕など「高得点」マスコミ人は触れたくないのである。なぜなら
いじめを根絶しようなどとは行政も政府も全く考えるわけがないからである。
そんな政治を選ぶのは「3割」か他の「まともでない」誰かである。

子供のことなど眼中にない結果のひとつがこうである。
明治以降そうやって国は破滅した。
平成もまた同じ道をたどっている。

子供を大事にできない人を私は「幼稚」であると確信している。
少なくとも大人ではない。親ではない。
彼ら3割は幼稚である。
だから始末が悪い。
国が滅ぶのも眼中にない「まとも」な人たちなのだ。

付け加えれば

いじめ=差別問題である。

だから沖縄もアイヌ民族問題も「在日」問題も非差別部落問題も、原発労働者問題や非正規低賃金労働などなど改善されるはずもない。
それらの問題を如何に政治的問題として悪用し集票できるかがポピュリズム政治屋の能力である。