2015-08-07 大阪西成の夏 ・ 先日、所用で大阪に行った。 宿は今年の4月来、西成と決めている。 地下鉄御堂筋線の「動物園前駅」一帯の、あいりん地区と呼ばれているこの界隈には天下有数の安宿が並んでいるが、その中でも高級な宿をとった。 1泊2000円以下である。 更に安い1泊500円の宿の4倍の超デラックスホテルである。 その500円の宿の部屋の壁に落書きがあったのを去年ネットで見た。 「いつか ここをでてやる!」 筆跡から、内容から、まだ若い男だろう。 この国の凋落ぶりが感じられた。 そんな500~300円の宿にも入れないとなるとあとは路上しかなくなるのである。 私はその地区の生活上上流階級に属する1泊2,000円の宿に泊まったのである。 動物園前駅を出ると熱風が塵埃の匂いを含んで夜の薄暗い街を吹き抜けていく。 道幅はやたら広い。さすが大都市であるが、街灯の灯りの弱さと商店街の暗さで旅行者を滅入らせるには十分であった。 ヨレヨレの爺さん(そう、ヨレヨレの婆さんは余り見かけない)らが路肩にしゃがみこんでタバコをふかしていたり、三昔前くらいの重そうな自転車の荷台に何やら大きなビニール包を縛り付けて漕いで通り過ぎたりしている。 旅行者はひと目で分かる。 大きなバッグを背負い、カートを引っ張り、中国語やベトナム語、ラテンアメリカの言葉などと通り過ぎる。 若さではちきれそうな彼らも地区の様々なホテルに吸い込まれていくのだ。 宿の受付で鍵の保証金千円を預けて部屋に入った。 3畳の畳部屋にTVと冷蔵庫、タオル歯ブラシ、灰皿もある。 年期の入った壁の汚れは在るが敷かれた寝具は敷布団の下にマットレスまでついていた。清潔ではある。さすが高級ホテルと呟きながら、まず風呂で汗を流そうと再び階下の「大浴場」に向かった。 確かに大浴場、3畳分の浴槽に身を沈めていると、労務者の数人のグループやら総刺青の兄さんらが入ってくる。 みなルールを守り、また静かに風呂を楽しむ風である。 総刺青の兄さんは体を洗い湯に入ってきたが私に向き合うこと無くそそくさと上がっていった。 何もそんなに小さくなっていることはないのに、気にしているのだろう。 昔、大阪は天神の近くに住んでいた頃はそんな兄さんたちもこの季節はステテコにサラシを巻いたくらいで町を歩いていたり、家の前の縁台に座っていたものだった。風呂屋にも普通にいたもので、子供の私はその刺青のリアルさに目を見張ったものであった。 時代は良くなったか? いや、安っぽくなった。 夜の町の道には将棋や碁などの賭け事が行われていた。 後 年、父に聞いたが、彼らには絶対勝てないと言っていたのを思い出す。父も囲碁将棋麻雀競馬競輪競艇など好きで、賭け事は子供には知られないようにやってい たが、之も後年聞いたのだが、賭け事の勝率は5割だったそうだ。囲碁将棋麻雀は船でも友人や息子にもまず負けることはなかった。 そんなことごとを思い出しながら風呂を出て、夜食をとりに外に出ようと、部屋で着替えた後、エレベーターに乗った。 半 畳程の小さなエレベーターに身の丈6尺以上、湯上がりの濡れたカールした黒髪が肩より下がっている男が浴衣(自前であろう)先に乗っていた。頑丈な体つき 大きな手は労働者風でもあるが、顔つきが往年の原田芳雄を少し甘くした感じである。体格と言いよく似ていたがどこかしら陰鬱退廃を感じさせた。 役者か、その成れの果てか、端正な顔立ちと着こなしは労働者のものではない。 一緒に1階受付まで行った。 「腹が減った」 男がボソリと受付に座っている従業員の男二人の頭上から声をかけた。 大男の長髪の洗い髪を振り乱した原田芳雄が受付の、之は一見ニワカ詐欺師風の枯れたおっさんらを見下ろしながら突っ立っている。 おっさんたちは俯いたまま返事する事も出来ない。 「腹が減った」という一言で既に勝負はついているのだった。 私は笑いを噛み殺しながらホテルを出た。 風は相変わらず埃っぽく生臭いが湯を浴びたせいで気分は良くなって近所の焼肉屋に入っていった。 ・