2016-05-25 台車に乗せられて来た夫さん .夜11時半過ぎに病院玄関のインターホンを鳴らす者がいた。こっちは、さあ寝ようと少しウトウトしかけた時であった。夜勤はいつ起こされるか分かったものではないから眠れそうな時には寝るのであるが、そう簡単に寝られるものでもない。チェ、誰だとインターホンに出ると若い男の声で「あの、腰が痛くてたまらないんです。お薬だけでももらえないかと思って」と言う。やれやれと玄関の鍵を開けると赤髪のでかい若者と銀髪の女の子がいた。大きな台車を女の子が押して入ってくる。「ん?この台車に乗せてきたの?」と尋ねると、ジャージの女の子は少しはにかみながら頷く。診察が終わって湿布を処方されて済んだようだ。でかい若者は生保だった。身体を壊して働けないらしい。玄関まで送った時に「おい!ちょっと写真撮らせてくれんかな。君らをカッコ良いねえ!その台車に乗っているところね。台車で通院して来た人は初めてだよ、カッコ悪いんじゃない。カッコいいのだよ」「ああ、いいですよ!」明るい若者と妻さんである。ニコニコ顔の2人を撮った。「おい、良い奥さんだな、大事にしろよ!」「はい!」素直である。妻さんは喜んでいる。「ケンカなんかすんじゃないぞ!ずっと仲良くやってけよ!」「はい!」全く以って余計なお世話なのだが、彼らは素直である。夫さんが台車に座って妻さんが手押しに掴まっている姿をもう一度撮り終えると若者は手を振って、妻さんに台車を押させながらニコニコと暗い夜道に消えて行った。玄関に戻るとドクターがいた。ドクターも若い女医さんである。この女医さんは水曜当直Dr.にしては珍しい上出来の、安心出来るDr.であるが、この夫婦さんを心配してか、台車の夫婦さんに興味津々なのか、私を待ち構えていた。「初めの印象は悪かったけど、良い患者さんでしたね」とにこやかに仰る。写真を撮ったと教えると是非見せてと私のスマホを覗き込んで楽しそうに笑った。「全くね、こんな患者さんたちもいるんですよね。初めてですが」と私もつられて笑った。良い女医さんだ。眠気は綺麗に消えていた。やれやれ。また寝不足確定です。さて寝るか、と簡易ベッドに横になった途端に今度は電話が入った。奥さんが吐き気と首の痛みを訴えているらしい。生保であると告げる。年齢を聴いてDr.に連絡する。レントゲン技師も呼ぶ。来 院した奥さんの身体は一見妊娠10ヶ月かと思われるお腹である。連れ添ってきた痩せた小柄のインテリ風の男は老人である。ホールの椅子に座った奥さんに、 あの方は?とさり気なく尋ねたら夫さんであった。どう見ても70は軽く超えているが、奥さんは41である。おいおい、30歳差以上のご夫婦であった。偉 い!奥さんは翌日脳神経外科を受診するよう指示されて、首のコルセットを巻いて帰って行った。2時過ぎであった。やれやれ。今夜は院長の大好きな救急はなさそうだ。.