春の雨が蕾を柔らかに濡らす
土を柔らかに濡らす
街を野を山を濡らす
「わたし、どうしてここにいるのか分かんないのよ」
「わたし、へんてこりんなおばあさんなの」
両手を胸の前に、祈るように固く結んで前を観ながらゆっくり話す
柔らかな穏やかな表情で、見ているものは遥か遠い世界だ
「わたし、へんてこりんだからね、悩んでるの」
何を?
「そんな、簡単に言えることじゃないわ」
そう?教えてほしいな。
「そのうちね、何だかさっぱりわからないもの」
「わたし、ボケボケなのよ」
「あのね、私、日本にどうすべきか悩んでるの」
えらいですね!
それで、どうすべきですか?
「あのね・・・日本はなくなればいいと考えてるの」
アハハ!私と同じ考えですね!握手!
へんてこりんなお婆さんも手を打って笑います。
「私、へんてこりんなばあさんだから・・・」
私もヘンテコじいさんですよ!
へんてこりんなお婆さんも手を打って笑います。
小柄で美しい白髪の美人さんは若くして亡くなった姉の遺児を引き取り、独身を通しました。
立派な鉄筋コンクリートの箱の3階で中で暮らす。
月額20万近い中から、与えられた食住と定期健康診断と、きっちり決められた日課で、日々繰り返す老いたる生。
何不自由ない暮らし。
なんの自由もない暮らし。
箱の中の日々。
入浴は人件費が勿体ない経営者の意思で週1から3週に1回です。
四六時中管理され監視され狭い居室で寝てるか食堂ホールでつけっぱなしのTVの前で座ってるか、幼児向けのような口腔体操なんぞやらされて。
リハビリのお兄さんがたまに来て、はい、手足の運動!
へんてこりんなお婆さんは突然席を立って部屋に戻ります。
どうしたの?
「やってらんないわよ!」と小さな声で呟きながら。
貴女は今の時間眠っています。
枕元に猫のぬいぐるみを沢山並べながら眠ります。
「私って、自分がなんなのかわかんないのよ」
私もね、貴女の言うように自分が分かりません。
それって一番難しい問題ですよね。
「私、どうしてここにいるのかわかんないのよ」
私も同じです。
何故、私はここにいるのか。
ひとつ、はっきりしているのは、今私がここにいて、貴女とこうして話していることです。
「そうよね」
へんてこりんなお婆さんは微笑みます。
貴女の言葉がそのまま哲学だというのは簡単です。
哲学と違うのは、言葉の底に深い悲しみがあるからです。
春自往来人送迎 春は自ずから往来し人は送迎す
愛憎何事別陰晴 愛憎何事ぞ陰晴を別つ
落花雨是催花雨 花落とすの雨は是れ花催すの雨
一樣檐聲前後情 一様の檐声前後の情
春簾雨窓 頼三樹三郎
送迎・・・死し生まれる
陰晴・・・曇りと晴
檐声・・・雨だれの音
ふと、雨だれの音が消え、夜が静かです。