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明日長崎。
井上光晴『明日』を映画化したものを観た。
原作は長崎の人々の記録や証言を丁寧にまとめただけの、虚構を排したものだが映画も同様に、監督黒木和雄は原爆投下前日の人々の日常の暮らしを描く。
そこには朝鮮人の「日本兵」や捕虜、在日朝鮮人、配給所役人、クリスチャンなど、様々な立場の人たちも描かれて、一発の原爆が一瞬にして燃やし尽くす描写はない。
「8月9日、4時17分。私の子供がここにいる。ここに、私の横に、形あるものとしているということが信じられない。髪の毛、二つの耳、小さな目鼻とよく動く口を持ったこの子。私の子供は今日から生きる。産着の袖口から覗く握り拳がそう告げている。/ ゆるやかな大気の動き。夜は終り、新しい夏の一日がいま幕を上げようとして、雀たちの囀りを促す」(tomkins.exblog.jpさんより引用)
原作ではこの文章で終わる。
出産したばかりの母親の感慨が描かれている。
「そんな母子を丸焼きにしたのが政治家であり、軍人なんだよ。男だよな。」
これは授業という時間で私が生徒に伝えた言葉だ。
「人々が広島も長崎も一瞬でその人生が消えたのだよ」ということへの理解は、母親と子の虐殺への実感で得られるのだ。
生徒たちは恐ろしいくらいに無知のままに高校へ進学してきた。中国がどこにあるか、西暦とは何かも知らずに進学して来た。つまり履修主義の犠牲者でもある。知らなくても出席数が足りてればよい。これが日本の棄民教育行政の実態であることは以前触れた。そんな中でどのように伝えコミュニケーションを図っていくか・・・
上記の私の発言は過激だと言われる。
私としては事実を表現したに過ぎないという認識だから批判は気にしない。これも以前書いた丸木美術館の絵を見ればその「過激」という受け取り方がいかに現実を歪曲するものであるかは自明だ。
国語は教科の枠などそもそもあり得ない。
映画も美術や音楽も地理や歴史も横断するのが国語だ。当たり前。従ってその「原爆」をテーマにした授業は横断的に展開させた。何も知らない、そこから始めるのだが、かえって生徒たちは真剣になっていった。原爆というテロの問題、それは原発の問題に発展し、現代史の問題となる。
彼ら彼女らは沖縄戦にも深く関心を抱くようになっていった。(大人の善男善女は事実から目を背ける)
なぜか。
命を実感したからである。
残酷の極致である母子殺害を実感として共感できたからである。
上っ面の言葉で上っ面の語り掛けは無意味なのだ。
広島では原民喜を映画とともに取り上げた。
もちろん通年で、適宜の機会を作って行うのである。教育課程など糞くらえ。私は教員となった当初から教育課程で授業は死ぬと実感したのである。
死んだ言葉で死者を冒涜するな。
核廃絶を批准しない日本政府は式典に参加すべきではないのだ。
慰霊とはこの問題では社会的解決をもって初めて慰霊となる。
原爆を観光にしよって!
おばあさんの言葉を最後に伝える。
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書いているうちに明日が今日になりました。