2015-08-07 蝉 . 暑気いや増す夕暮れ近く、一服しに玄関を出て軒下に腰を下ろした。 蚊取り線香の煙が先に上がっているので邪魔な蚊の音は聞こえない。 庭先も家の前の公園にも蝉時雨が湧き上がっている。 気のせいかも知れぬが、今年は例年にも増して蝉が多い。蝉が小便しながら飛んでいると息子が話していた。 青空は未だに燃え上がるように輝いて木々の緑を滴らせている。 この暑さは好きだ。 肌を焼くように光は降り注ぎ、その光の中に海の波と戯れた日々が甦る。 しゃがんだまま煙草に火をつけ、一段下がった敷石の隅に目をやると、昨日転がっていた蝉の体が半分ほどになっていた。蟻たちがせっせと働いているのだ。こ の蟻たち、うっかり猫のエサ箱を置いて置こうものなら文字通り黒山に群がり、自分の身体の何十倍もある餌一粒をヤンヤと掛け声が聞こえそうな勢いで運ぶ。 見ると餌の上にも何匹も乗って左右前後を向いて首を振っている。 巴琴ジジイと同じだぜ、俺は高みの見物、と決め込んでいる訳ではあるまい。 こりゃ、祭りだ。山車そのものだなと感心する。方向を指示したり励ましたりしているのだ。 左の、花柊の下に置いていた植木鉢の皿からバタバタ音が聞こえて来た。蝉がひっくり返ったまま何とか起き上がろうと羽根を動かしているのだが、力も尽きかけているのか勢いがない。 そうか、もう限界かと掴んで草叢の中に置いてやった。まだ蟻たちに噛み砕かれるのは早い。 すると、数メートル先に何やら動いているものがいる。蝉ではないなと近づくとそれは羽化前の蝉だった。上を見ると百日紅の枝が伸びている。こいつは羽化しようと百日紅の枝を這って行ったのだ。 ところが、猿も滑る木の枝だ。うっかり落ちてしまったのだ。 既に十数匹の蟻たちが周りを囲んでいた。 こ奴もまだ蟻たちのご馳走になるのは早い。 つまんで躑躅の植え込みに置いてやった。 今夜、そいつは羽化するに違いない。今夜も月がお前を見守る筈だ。 その光景は感動そのものだな。 自然界の摂理に従えば私は余計な事をしたに過ぎない。しかし、それで自分の満足が得られるなら、それもまた自然ではないか。 わずか2~3分の出来事だった。 煙草は味わう事を忘れ、とっくに吸い終わっていた。 蝉時雨が再び聞こえて来た。 .