2016-04-25 ある日 .また例のごとく、私は余りに良い春の陽気にふらふらと散歩にでた。 山の上にある団地内を散策するだけで優に1時間は楽しめるが、バリエーションを持つためには近隣の山歩き(マイアルバムに載せてるような)や、山を下りて昔から続く集落まで歩く。その集落を先日訪れた。途中、麓を走る電車の踏切を渡り、小径を行くと乳母車を押したお婆さんに出会う。乳母車には老犬が赤ん坊代わりにニコニコ顔で乗っていた。「まぁ歳だでな~」腰の曲がったご自分の方がお歳に見えるが、なんの元気そのものである。「こうやって、外に出してやらんと機嫌悪くてしゃあない」と、歯がない皺くちゃ顔で、ご自分も上機嫌でおっしゃる。気心知れた間柄とはこういうものだな。でこぼこ道をまたガタンコ押して、小さなお婆さんは木漏れ日の中、枝分かれした小径の緑の奥へと妖精のように消えていった。うっすら汗ばむ陽気だが、時折吹き寄せる風が甘い花の匂いを運んでくる。たまらんねえ。まだ日は中天から少し斜めに辺りを照らし、里山の集落は明るく新緑に萌える山々の間に浮かんでいる。 集落に入る道の始めにその家があった。門 の脇に板が立てられて「ロビンあります」と書いてある。さっぱり分からぬ。その斜め上の門扉に「ワラビあります」とダンボール紙に書かれた札が吊り下げら れている。「はは~ん、売り物か」と、当たり前の事を考えて柵の中に目をやると草むらに置かれた、丸太を半分にカットした長テーブルの上にニャンコが3匹 寝そべっている。さっきの婆さんよろしく木漏れ日の下で気持ちよさそうである。しばらく見入ってしまった。「おい!」しわがれた大声が私を呼んでいる。門の奥の母屋の左手に蔵があるが、そこに背の高い男が手招きしながら立っていた。「おい!こっち来い!」何度もこの道を歩いていたが、集落の人に呼ばれたのは初めてで、勿論初対面だが、相手は私よりも年寄りの風情で農家のじい様然としていたが、背筋がしっかり伸びている。さてどうしたものか。その顔が素直に笑っているので、呼ばれるままに門から入っていった。蔵の中は自分でリフォームしてある。真新しい杉材が壁や床に張り巡らされて壁の一画は小窓まで拵えてある。飾り棚にミニカーのコレクションが並んでいる。孫がやってきては持っていくので大事なミニカーは自分の部屋に隠したと笑う。このじい様はこの昼間から酔っていた。私はその無聊の相手にされた訳だが、母屋からガラスの器に紅茶を淹れて運んでくれた。子供のシャム猫が胡坐にのっかてくる。「おい!谷村新司!スバル歌え!」ちょい待ち、私はいくら何でも谷村新司よりはいい男のはずだが。酔っ払いだからしょうがない。地元の人で、地元の学校に通ったらしいが、悪い学校に行ってたと多少はにかむ。「俺は刑務所にも入った」と、さらりと言うが、某自動車メーカーで若い頃働き、オイルショックの煽りでクビになったという。「谷村新司!どこの車に乗ってる?」グロリアだと答えると相好を崩して喜んだ。「タテ目か?」と突っ込んできた。残念!横目である。彼は首になった後調理師の免許を取って働いたらしいが、刑務所に厄介になってからその仕事もできなくなった。車好きが道を開いて車の整備士になったらしい。ゆっくり雑談に興じた。日差しが小窓から奥に差し込むようになった。さて、帰るぞ、と言うと「谷村新司!また来いよな」と始まる。門まで送ってきたが、おい、ちょと来いと私を脇の畑に連れて行った。「これ好きなだけ持ってけ!」蕗が一面に育っている。ありがたや、包丁を借りてひと束頂戴した。畑で使う包丁だったが、切れ味が良い。やはり元調理人であったのだ。「おい!あれも持ってけ!」と、畑の隅にトタンやらダンボール紙で囲ったところに私を連れて行った。山独活であった。山菜取りのプロだった。土を掘り根っこから引き抜くこと3本。「葉はおひたし、後は酢味噌だ」私は天ぷらにする気でいる。「また来いよな!」握手を繰り返してハグしてきた。背が高い上にガッシリした体格である。彼もおそらく私の体格を確認している。笑い合いながら別れた。日はだいぶ傾き風も肌寒くなっていた。来た道を登りながら、私と同年の奴の前歯が上下2本ずつしかないのを思い出していた。問題・・・ロビンという食い物は何でしょう。 食い物という事だけは解ってます。