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1,
夜
彼は泣き叫びながらドアを叩いていた。
誰も居ないアパートのドアは閉まったまま彼の泣き声だけが凍える夜半の町に響いていた。
警察官に2歳だと指で答えた。
名前はター君と答えた。
2,
「さて、それじゃ書いてみよう」
予め、論文形式の要領を板書した後、私は原稿用紙2枚を渡した。彼とは初対面であった。作文などほとんど書いたことがないという彼は定時制高校入学後に家に引きこもり、母親に当たった挙げ句にここに送られた。
ほとんど作文経験の無い彼に800字とは無謀な課題とは分かっているが、どこまでやれるかを見たかった。
穏やかな、しかしチラリと力を感じさせる目の光が感じられたからだ。
8席がせいぜいの「学習室」の1つで、この授業は彼と一対一である。これは良い。この時間は60分から90分の授業枠である。
「自由と自立」
が課題である。難しい題であるが、敢えて出した。
「時間はあと70分ある。十分考えて好きなだけ書きなさい」
「難しいよ、先生」
私は「独立と自治(隷属)」と板書に追加した。
「これと同じさ。歴史と同じ。君自身もな。」
私はその説明を簡単に伝えた。自由は独立、自立は自治と同じ。すなわち、自由は自立に同じ。
「先生、俺は単位不足で退学になるんだよ」
彼の在席する定時制は1年生に対して留年を認めていなかったのだ。「邪魔者は消せ」だな。
「そうか、じゃあ簡単な話だな。やり直せば良いだけだ、良かったな、アハハ」
彼は慣れない原稿用紙に向かって丁寧に文字を埋めて行った。
90分が過ぎた。
彼は書ききった。テーマに直接的に触れてないのはしかたないが、しかし、彼は夢を書いた。「自分の店を持ちたい」それが彼の自由であり自立であると書いていた。おお、十分過ぎる!
そして、文章の終わり近くに「お母さんを安心させたい」と書いていた。
今日は昼過ぎに山の下の集落にあるカフェに行った。HACHISUという。店は例の「趣味でやってるレストラン」と同じように、オーナーシェフが一年以上かけて建てた自作カフェである。
やはり暖炉が置かれてその温かさは自然の温かさだ。ランチコースに珈琲プラス。野菜料理だが美味しい。
先週末、長男がまたやってきて、飯能河原近くに出来たレストランで馳走になった。少し値が張るしドレスコードとか田舎には似合わぬ店だが、ここも美味い。満足できるレストランが近くにあるのは嬉しい事である。ここは地ビール醸造設備が店内にある。
Cafe Hachisuを出てまた歩いて帰った。風が耳を冷す。
途中、素晴らしい桜並木が谷に沿って並ぶ。もうすぐ春を楽しめる。いやその前に梅だな。
石のように重かった心がようやく軽くなった。
Cafe Hachisu
https://m.facebook.com/gallerycafe.hachisu/?locale2=ja_JP
ブルワリー&レストラン〈CARVAAN〉
http://carvaan.jp/?theme=pc