pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

黄金の魚


    「黄金の魚」

             谷川俊太郎

おおきなさかなはおおきなくちで
ちゅうくらいのさかなをたべ
ちゅうくらいのさかなは
ちいさなさかなをたべ
ちいさなさかなは
もっとちいさな
さかなをたべ
いのちはいのちをいけにえとして
ひかりかがやく
しあわせはふしあわせをやしないとして
はなひらく
どんなよろこびのふかいうみにも
ひとつぶのなみだが
とけていないということはない

 

この詩を全員に講義した。
7行までは小学生もすぐ理解する。
食物連鎖、弱肉強食などがすぐ出てくる。

8行の「いけにえ」に注意させる。
いけにえとは単に犠牲というだけじゃない。神への祈りだったんだよ。自分らの平安のために犠牲を差し出した。人間だけじゃない。魚は沢山の卵を生む。虫たちも同じ。それはある意味「いけにえ」なんだと思う。犠牲を払いながらも生き延び子孫を必死で残すんだよな。カゲロウという虫はたった3日の命と言われているが、それはまた別な機会に話そう。今の事では、そのカゲロウは卵が身体全体に詰まっている。生むため、子孫を必死で残すため。

子どもたちは私を凝視し聞き耳を立てている。

その行の「ひかりかがやく」って、その「たべる」結果として出てくるね。ライオンの美しさ、動物たちの美しさ。うちのニャンコだって美しい。いや、昆虫や魚、そう、植物、みな「ひかりかがやく」のだよな。

子どもたちは頷く。

そして、それは、君らも同じ。だろ?
しかし、人間の場合はなあ、難しい。私なんかはもう「ひかりかがやく」のは過去の話、先のない私が輝いてもしょうがない。

子どもたちは笑う

だから、この詩は谷川俊太郎は君らのために書いたんだよ。しかし、難しいと言うのはね、金ピカなら光って見えるが、それを言っているのかな。ブッダは王族だったが不幸だった。なに不自由無く暮らして不幸だった。

心、と子どもはボソリと言う。

だよな。

ひかりかがやいて、花を咲かせる。
せっかく尊い命をもらって生きているんだからね。君らはこれからが長い。

「しあわせはふしあわせをやしないとして」とはそういうことだ。歴史を見てみな。全てが今の私たちが生きているために歴史はある。どこかで歴史が切れていれば私たちは存続してないね。沢山の人たちの犠牲の上に生きているってわかる。

これも因果応報ってやつだ。全て原因であって結果だ。さて、こうなってくるとその話の先には哲学という分野が広がってくるが、ここで抑えておく。

次の

どんなよろこびのふかいうみにも
ひとつぶのなみだが
とけていないということはない

今度は「喜び」だな。
喜びって、「しあわせ」と同じように捉えて良い。
それは、他の命の「なみだ」の上にあるって事。?、宝くじに当たったら喜ぶ?な〜るほど!ところが残念、宝くじも他の沢山のハズレという「なみだ」の上にある。

子どもたちは笑う。

こんな話を質問を交えて行い、最後の5分間で簡単な感想を書かせた。凄い感想文が出たのでご紹介する。


ひとつの詩から世の中へ、
ひとつの詩から哲学へ、
飛んで行けるって思うと、
やっぱり詩人さんて
凄いなぁって思う。
活きる字って、
こういうことを指すんだなぁって思った。


これは小学5年生の女の子の文章である。多分に詩を意識した書き方である。凄い子がいるものだ。高校生だってこれ程の表現力を持っているのは少ない。


これを後で女子班のおばさんらに伝えたが、おばさんたちは、「この子は発達障害なのよね〜、特定の事に能力がある、芸術村にでも行けばいいのよね〜」ときた。まぁ、彼女らが詩を楽しむなどとはあり得ないしそもそも文化とは無縁の人たち。だから自分らより賢い者には憎悪する。

 しかし、「発達障害」?何?本当にそうか?私は職員室に戻って、心理さんに確認した。すると、そんな事実はないと言う。心理さんの隣に座っている係長(こいつがおばさんらの元締め)がすかさず、突っ込んで来た。「あ〜あの子ね。いや発達障害って言葉は生活班の中では使うんですよ。生活を見ているわけだからね。その様子でそう判断するんですよ」

全く、正真正銘の許しがたいおバカ共である。
その「観察」とは、まとめると、自分たちの指示を守れない行動、発言があるからだという。で、「発達障害」のレッテルを貼って笑いものにして、「規則」を守れない子は「指導」つまり罰を与えるのだ。おそらく、この子はおばさんらの余りのバカバカしさに既に愛想が尽きて居るのだ。私と同じ(≧▽≦)

 


写真、「人間には付き合ってられんわ」と椅子を占領したハチとモン太郎


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