pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

10年 M子の朝のおくりに

 

秋が流れる
川のごとく雲のごとく光のごとく
すべて
流れ流れ
鉛のごとく
羽毛のごとく
枯れ葉のごとく

何も知らないのではない
何も感じないのではない

ただ
あなたは涙を流し尽くし
そして言葉を失った
頑丈な鉄格子の窓の外から闇が侵入し
あなたから言葉を奪ったのだ


「親戚のいとこ達はみな一流大学なのに」


頑丈な鉄格子の窓の外から侵入した闇は
彼女の心を簡単に殺した
心が死ねば肉体が滅ぶのは時間の問題だった

薬で治る?
まさか・・・

窓の外は黄金の落葉が舞い落ち
木々は秋風を枝を広げ抱きとめていた

夜の川面にはゆらゆらと月がげが映り
大あくびする山の懐でひそやかな密会も
あなたは見ることがなかった

10年が過ぎた

皆あなたを忘れたように振る舞い
そしてまもなくすっかり忘れた

鉄格子の外には銀河が滔々と流れ
瞬く無数の光が地上に降り注いでいたのに
ベッドの上でついに呼吸も失っていた

 

看護士が午前1時に巡回したときに
君は既にベッドにうつ伏せて息絶えていたという

長い入院の末のあっけない連絡は
今日の日の夥しい数々の死の
数えられない死
忘れられた死

一度繁華街の通りで君を見かけた
春のあたたかな風を受けて
真っ白なフリルブラウスをなびかせた痩身の君が

ひらりと
風に泳ぐ木の葉のように
歩く姿を見かけた

ああまだバイトが出来るのだな
家にいるより
学校にいるよりずっといいよ


君のお母さんから相談を受けたとき
すでに君の心はやつでの葉のように切り込みがはいり
パラパラと切れ落ちそうな気配を感じていた

15才の君はやせ細り
歩くのさえ心細げな君がお母さんの横に座り
幼すぎる天衣無縫の笑みを私にむけた

窓から初夏の日差しが君の白い頬を染めて
うっすらと汗ばんだ額が痛々しく
その笑みの意味を教えてくれた

心の奥のそのまた奥のその底から
遠くから 悲鳴が 小さく
布を切り裂くように聞こえた

通学と休学を繰り返し
とうとう長い入院生活に入り
いま安息に入った

無力であった私も
君のお母さんも
  (君の父のことは私は触れたくない)
学校の先生たちも

君の晩秋の野にたつ烟が
鉛色の雲のなかに吸い込まれて消えてゆく

われわれはそんなことに耐えられない弱い人間だ

病室のカーテンの隙間から
千の星や月の光が差し込んでいただろうか
白いシーツの上に横たわる君の上に

窒息死というがそれは嘘だ
衰弱のはての
君が望んだ死だ と

思う

退行を繰り返すその隙間の日々
君はあの春風の中で生き生きと
真っ白なブラウスをかぜになびかせて歩いていた

ふらりと立ち寄った私に君は
「いらっしゃいませ」とにっこり微笑むことができたではないか
「しっかりやれているんじゃないか」とすこしからかい気味にいう私に
「全然平気よ、好きな仕事だもの」と明るく返事したではないか

珈琲の甘い香りが薄暗い店のなかにただよい
ステンドグラスから差し込むやわらかな光が
やさしく君を包んでいたではないか

二十歳の死
その無垢なる死は
黄葉の輝きのなかに溶けてゆき

無力な我々に
何の言葉も残さずに
夜の欅の木立のむこうに消えていった

せめて
病室のカーテンの隙間から
千の星や月の光が差し込んでいただろうか

白いシーツの上に横たわる君の上に


秋が流れる

10年

 

 

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