pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

「たとえ昨日がどんなでも、明日はきっとえぇ日になる……」





      『焼肉ドラゴン』

『高度経済成長期の真っ只中、万国博覧会が開催された1970年。関西の地方都市の一角で、小さな焼肉店「焼肉ドラゴン」を営む龍吉(キム・サンホ)と妻・英順(イ・ジョンウン)は、静花(真木よう子)、梨花井上真央)、美花(桜庭ななみ)の三姉妹、一人息子の時生(大江晋平)と共に暮らしている。失くした故郷、戦争で奪われた左腕……。辛い過去は決して消えないが、毎日懸命に働き、家族はいつも明るく、些細なことで泣いたり笑ったりの日々。一方、店内は、静花の幼馴染で彼女に密かに思いを寄せる哲男(大泉洋)など、騒がしい常連客たちでいつも大賑わいだった。「たとえ昨日がどんなでも、明日はきっとえぇ日になる……」それが龍吉のいつもの口癖だ。しかし、そんな強い絆で結ばれた「焼肉ドラゴン」にも、次第に時代の波が押し寄せてくる……。」
https://movie.walkerplus.com/mv64508/



レンタルビデオで鑑賞。

時代、場所が私が子供の頃数年過ごした大阪に近く、実感が持てる。

大泉ほかの熱演もあるが、何といっても龍吉(キム・サンホ)と妻・英順(イ・ジョンウン)は素晴らしい。
その素晴らしい演技力がこの作品を名作に押し上げるだろう。

「たとえ昨日がどんなでも、明日はきっとえぇ日になる……」

こんなセリフはこの家族のテーマであるが、龍吉が精神的に追い詰められた時に吐露する「はたらいた・・はたらいた・・・はたらいた・・・」という独白は胸を打つ。

これは敗戦後の日本人も同じ感慨を持てるセリフだろう。ベクトルは様々だが、あらん限りの力で働き尽くし、精根尽き果てるまで働き通した。

龍吉の家は不法占拠という扱いで強制退去のなる。全く非道な行いを政治家は昔から押し付けてくる。しかし、そんな強制退去は当時の在日の人々だけでなく、各地で行われた。広島市中島町など。

我々日本人は自分たちも同じ目にあわされているという知識も自覚もないままに政治を是認してきたが、そのツケは自分らの子や孫に回ってくる。

龍吉の家族は素の感情でぶつかり合い泣き合い励まし合い愛し合い生きていく。

現代日本では殆ど喪われた『幸福な家族の肖像』であろう。


「たとえ昨日がどんなでも、明日はきっとえぇ日になる……」




カミユの言葉を思い出した。

「無益で希望のない労働以上に恐ろしい刑罰はない」

有益で希望のある労働なんてどこにあるのか。なければ「刑罰」を受けるための

労働=人生でしかない。

「労働なくしては、人生はことごとく腐ってしまう。
だが、魂なき労働は、人生を窒息死させてしまう。」

魂のある労働がなければ窒息のまま生きるほかにない。そして干からびて終わるのだ。

龍吉夫婦は「たとえ昨日がどんなでも、明日はきっとえぇ日になる……」ことだけを祈りのようにして生きるが、そこに「労働」の価値を見出せる。かけがえのない家族のためという最高の価値である。


繰り返すが龍吉(キム・サンホ)と妻・英順(イ・ジョンウン)は素晴らしい。なぜならカミユを実感させてくれたからである。