pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

われ反抗す、ゆえにわれらあり カミュ『ペスト』12


日本の現代小説は会話文がやたら多い。それは出版屋が読者への配慮として作家に地の文を少なくし会話を多く入れろというご指導の賜物で、読者としては感謝すべきである。さらにセンテンスもできるだけ短くせよという。おかげさまでなんら思考を要せずに読める作品が書店の棚に並んだ。絵のないマンガである。

 まことに有難いことである。まことに日常の無意味なおしゃべりごっこを延々と読まされておしまい。いや、意味は不要、新奇さが大事。エロは必須。でもって「蹴りたい背中」なんてものが芥川賞となる。そういえば「騎士団長殺し」は130万部も売れたがノーベル賞はもらえなかった。せっかく珍奇奇奇抜なタイトルであるが残念なことであるし、ハルキストなる連中がいるらしいが、いったい何なのか。日本は。このいかにも気持ち悪い表現。ハルキストだと。こんな異常な社会現象を起こすのはおそらく日本くらいだろう。ご本人もさぞや気色悪いことだろう。

こんな異常性が現代日本文化を象徴する。ロリコン文化とともに気持ちが悪い。ペスト文化と呼ぶなら正しい。


さて、カミュの『ペスト』に於ける会話部分で気になったところをメモしてきたが、会話にこれほど意味を持たせた作家はそういないのではないか。会話にも隠喩を散りばめ作者の思想を込める。

小説は人間を描く。思想を陳述するものではないが、思想をもった人間を描くことが可能なのだ。それが最大の魅力であり力だ。


        <不条理>

病んでいない者がいるならそれは不健康の極みだ。
君は自分だけは幸福だと思ってるか、それはオメデ党。
自分は自分は自分は・・・バケツを被った自分。

足元の地面がもし透視可能でマントルが丸見えなら、放射線が見えるなら・・・発狂するか。


「ドミニカン修道院での対話」 カミュ

「私はあなた方と同じく、悪に対する強い憎悪を持っております。けれども、私はあなた方と同じ希望を持っておらず、子供たちが苦しんで死んでゆくこの世界に対して闘い続けるのです」
      「無信仰者とキリスト教徒」1948年

スタンスは私と全く同じである。


「反抗においては、人間は他人のなかへ、自己を超越させる・・・中略・・・反抗は、すべての人間の上に、最初の価値をきずきあげる共通の場である。われ反抗す、ゆえにわれら在り 」   

                 『反抗的人間』
「われ思うゆえにわれあり」というデカルトの有名な命題だが、カミュはこの命題を跳躍させたのである。このカミュの跳躍は個人の内部に留まっていた人間の思惟を連帯へと導く。

反抗とはすべてである。自分を取り巻く「世界」が全てにおいて不条理なのだから、その世界に向かう自分にとってそれは不断に戦うべき対象であり、戦いと敗北とつかの間のささやかな勝利との時間の中で、思考し、思惟し、つまりは自分を獲得していくのである。それがカミュの示す実存であり同時に『ペスト』におけるタル―やリウーの姿であった。「われ」は、「われら」となったのである。

この場合の「われら」とは「子供たちが苦しんで死んでゆくこの世界に対して闘い続ける」われらであり、そう理解すれば、すべての人間が「われら」となりうるのである。


不条理とは世界の全てであるなら、それは自己の不条理であり、それは戦う価値を持つ。よく人生とは、と思考するが、人生とは単なる曖昧すぎる歴史であり、その時々の衣装にすぎない。またそこに意味を求めるのは誤りで、意味などどこにも存在しない。自己にとっての意味とは自分が自分と引き換えに掴んだものであって、教えられるものでも与えられるものでもない。

「今や生の拡充はただ反逆によってのみ達せられる。新生活の創造、新社会の創造はただ反逆によるのみである」

「思想に自由あれ。しかしまた行為にも自由あれ。そしてさらにはまた動機にも自由あれ」

この大杉栄の言葉はそんな不条理に対峙するカミュに同じである。大杉らは人間として生きた。

 

ペスト菌は決して死ぬことも消滅することもないものであり、数十年の間、家具や下着類の中に眠りつつ生存することができ、部屋や穴倉やトランクやハンカチや反故の中に、しんぼう強く待ちつづけていて、そしておそらくはいつか、人間に不幸と教訓をもたらすために、ペストがふたたびその鼠どもを呼びさまし、どこかの幸福な都市に彼らを死なせに差し向ける日が来るであろう」
            カミュ『ペスト』ラスト


「どこかの幸福な都市」とは今の日本という「都市」のことだろうか。そういや、ついこの前もタヌキ面の鼠どもがウロチョロしてたな。

と・・・モン太郎が邪魔しに来た。全く何を無駄なことやってる!早く寝ろ!と誘いにきたのだ。まったく・・・人間以外に不条理はない。やれやれ。モン太郎たちがいる限り我が家には鼠はいない^^。