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岸辺から、ひゃう、との音が川面を貫いたように聞こえました。
一瞬の事でしたが隣にいた成清が「ひゃあ!」と叫びました。
右手の小高い岸辺に数人の甲冑をまとった武士が此方を見下ろしています。
「お気づきになりましたか」
兼綱様が笑いながらおっしゃいます。何が起きたか・・・私はただ呆然ととその川面を眺めていただけでした。
「あの矢は河内源氏の残党から放たれた矢です。保元の乱、平治の乱で彼ら一族は衰亡の一途をたどりましたが、まだこの辺りまで出没して野盗まがいの仕業もなしながら糊口をしのいでおります。なにせ、往来するあきんどの舟の荷は欲しがりましょう。いや、もちろん普段は警護の者らが廻っております。いま私どもが源頼政公配下の者である事に気づいたのでしょう。ただ平治の乱にても父頼政は美福門院様家人であり、義朝様と結果的に対立することになり、その遺恨はそれ、あのどもも引き継いでおるでしょう。」
兼綱様がそう仰るあいだにまた一筋の矢が船べりに突き刺さりました。成清が飛び上がっています。
「ご案じめさるな、彼らとは幾度かやりおうていますが、もう我らを本気で害そうとする気はござらん。以前は双方怪我人こそでましたが殺し合いはいたしませぬ。父への遺恨もその次第が彼らにも明らかになれば薄らぐというもの。また、彼らの腕では矢は当たりませぬ。なあに、この矢も彼らの憂さ晴らし。さて矢合わせとご覧なされや、前の舟におる競殿が一矢報いましょう」
見ると前の舟に乗られた方々のうち、渡辺競殿がすっくと立ちあがり岸辺に向かってすでに大弓を引き絞っておられます。
「競殿の持つあの弓は梓弓などとちごうて戦用のもの、三枚の木や竹を貼りあわせた剛弓でございます」
とお聞きするやいなや、競殿が引き絞った弦を放しました。ひゃうともヒュンとも音が聞こえた時には、矢は一直線に飛び岸辺の武士たちの頭上にある桜の大木の枝に当たっておりました。枝は満開の花を飛び散らせて武士たちの頭上に舞い散ります。岸辺の武士たちは見上げながらヤンヤの喝采を送ってきました。
「競殿、お見事でござった。今日の花見、いかにも頂戴」
大声で岸辺から叫んでおります。
「さこそは源氏武者、源氏の花と承るぞ」
「おや、今日は花の女人を乗せての花見の舟か、さすが風流の頼政殿ご家来、よかろうなあ」
笑い声も聞こえてまいります。
競殿も着座し彼らに弓を振っております。
「また会おうぞ」
「おお、また遇わん」
武士たちの言葉に競殿が答えます。
「競殿ほどの弓の遣い手はそうはござらん。父も一目置く名手でござる」兼綱様がおっしゃいます。あれよ、というまの出来事でした。弟もすっかり感に堪えぬという顔で座っております。
「あとまもなくで川尻の寺江につきまする。」
康忠殿が何事もなかったような涼しいお顔で教えてくれます。
写真 岩清水八幡神宮より