pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想29

 

 川面には風に吹かれ舞い落ちた花が流れておりました。夕餉は同行の方々とともに賑やかに過ごしました。お宿は平経盛様が一条長成様堀三郎様を通じお手配くださったお屋敷ということです。なんでも鎮守府将軍藤原秀衡様が、平泉から商いのため上京なさる方々への宿泊所として都のほか、ここに新たに建てられたそうです。広壮なお屋敷、さすがに今をときめく陸奥藤原秀衡様のご威光が偲ばれます。聞くところではかの平泉は大伽藍にたくさんの寺社、黄金の御堂まであるとか。お宿は木の香りが清々しく、旅の商人や役人の方もお泊まりのようでした。宿の差配役というお方が出迎えてくださいました。

 

「掘 景光と申します。堀三郎より小侍従様方を手厚くおもてなしするよう仰せつかっております。何なりとお申し付けくださいませ。」
小柄ながら武士の厳しさを眼光に漂わせています。

 

「この地は都への入り口にあたりまする。山海の珍味もまた豊かにござります。しかし何分田舎者ゆえ味は心もとないと案じておりましたが、なんと権別当成清様が福原より宋の調理人をお呼びくださいました。かの国の料理は私どもも初めてでございます。すでに用意はできておりますゆえ、すぐお運びいたします。」

 

成清が明日以降もっと珍かなるものをお見せしたいと申していたのはこのことでしたか。


隣で成清が腹を突き出し喜色満面です。

「いや、姉上、姉上と旅ができようとは私も思いのほかの嬉しさですからのう。また兼綱様、康忠殿はじめ源氏の名だたる武将の方々ともご一緒できるとは、この成清、晴れがましいことでござります。まっこと、先の競殿の花見の弓はあっぱれでござりましたのう。その心根の優しきが花の美しさに添えられておりましたな。成清、これもまた一生の思い出になり申そうや。」

 

「お、つい話が長くなるわい、失礼した。では景光殿、よろしくお願いします。」

 

景光殿が手をたたくと痩身大柄の見慣れぬ着衣の男が給仕の娘たちと現れました。

 

「彼が宋から渡来してきた袁忠、と申すもので、今夜の料理はすべて彼が調理しました。」

 

「袁忠でございます。常州の出身です。かれこれ七年ほど日本におります。初め博多におりましたが、福原に移って三年ほどです。主に宋の船員や商人たちに調理しておりましたが、このたびは成清様にお呼びいただきありがたきことです。」

 

 かの国の方とは驚きました。言葉も流暢にお話になられます。面長で陰りのない表情には異国での辛酸を感じさせない鷹揚さがあります。

 

「さて、初めは・・・」

娘たちが初めに運んできたのは瑠璃の器と宋のお酒でした。

 

「かの国のお酒でございます。香りと色をまずお楽しみください。」

 

透明の瑠璃の小ぶりな細長い首を手に取るとひんやり心地よい冷たさが伝わりますが、娘に注がれたそのお酒はなんと赤い色でした。

 

「これは血の色ではありません。葡萄の色です」

 

袁忠さんは笑顔で申します。
他の皆様も器に注がれたものを不思議そうに眺めたり匂いを確かめたりなさっています。

 

「わが宋国には酒も一千種ほどございますが、成清様のご要望で軽く甘やかなものとのことで、この葡萄酒などを持参しました。何せ強い酒は火をつけると燃えるくらいです。」

 

「ふむ、わが国では養老年間に行基さまが甲斐の国に葡萄なるものを栽培なされたのが初めと聞いておるが、どれ、おお、甘やかなり!」

 

 成清が嬉しそうに声をあげます。私も口に含みました。初めて口にする香しい甘い味が広がります。兼綱様皆様はもう何度も酌をさせています。

 

「さて、お次は茘枝酒でござります。こちらのお国では白楽天の詩が人気とお聞きしておりますが、その白楽天の「長恨歌」に詠われております楊貴妃の愛した茘枝という果物で作った酒です」

 

長恨歌ならほとんど諳んじておるが、なんと、かの傾国の美女楊貴妃様のお好きだった茘枝から作った酒か!」

 

と兼綱様が驚いて仰います。


「これは・・・、とろけるように甘い、淡白ながら一層深い甘さと、良い香りであるのお!甘露じゃ!」

 

 成清はすでに酔ったのか浅黒い顔にも朱色がさしております。袁忠さんにもしきりに器を回して飲ませております。と見るや、お若い仲光殿清親殿は色白なので酔いがありありと浮かんでおります。若い娘に侍られながら恥ずかしそうでもあります。いや、いけませぬ、私もすでに体中酔いが回ってきたように感じます。

 


・写真 勝持寺