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あの不思議な音の波がまた押し寄せて闇を満たします。
あらざらむこの世のほかの思ひ出に
いまひとたびの逢ふこともがな
和泉式部様のお歌が思い起こされます。
あらざらむこの世のほか・・・私はもうこの世にそうは生きてはいないでしょうね、彼岸へ旅立つ思い出のためにも、ああ、もう一度だけあなたにお逢いしたい、和泉式部様はそう詠まれました。
なぜこのお歌が浮かんできたのでしょう。私の彼岸への憧れとこの世への未練でしょうか。いや、和泉式部様はこの世への未練などお持ちではなかったはずです。浮名を流すという世評にもさらされた彼女ですが彼女は笑って聞き流したと聞いております。
それはただ周囲の人々のおもしろおかしく過ごすための残酷な気晴らしにすぎない事は彼女のお歌を深く読めばわかること。彼女は一首たりとも疎かにせずご自分の熱い心を一途にお詠みなさいました。そのように生きていらっしゃった方が、この世への未練などあろうはずはなく、とすると、このお歌の、いまひとたびの 逢ふこともがな、とは彼女の大事な思い出への哀切極まりない、また同時に喜びの告白だったのでは・・・その方との逢瀬を深く心に刻んで、彼岸にお渡りになる心ばえ、それがこのお歌の心ではないのか・・・とりとめのない心地の中で思いを巡らしたのでしょうか。
私はその夜の夢のうつつに夜が白んできていることにも気づかずに床にうち伏しておりました。
はるか天空の彼方におられる貴方にいかがお伝えすればよいのか。私は静かに聞いていらっしゃる貴方を感じております。相変わらず私の拙い話のままにお伝えするほかありませんね。
・写真 吉野