「貴公の店は繁盛しておる上に人手がなかろう。貴公の人品、いや失礼、見させてもろうたがなかなかの人物とみた。安心して預けられるわい。どうじゃ」
彼は真っ直ぐな視線を私にぶつけてきました。
「はい、ご覧の通り人手がありません。その子が手伝ってくれれば大助かりです。実は私も渡りに船のお話で引き受けた次第です」
「犬丸はよく働いてくれます。味覚も優れているので彼を調理人に育てたいと精進させています」
「それから・・・です。その乞食の風体の男が年にたまに飄々と店を訪れては子どもを預けていくのです。よう!ますます繁盛だな、預けた甲斐があるわい、わしは預ける方じゃ、お貰いにきたのではないぞ。あはは、とか言いながら、子どもらと一緒に夕食を食べたりおしゃべりしたり楽しそうでした。時には店の奥の部屋で子どもらと一緒に寝たり食材を調べたりまったく気ままな方でした。」
「それは・・・面白い奇特な乞食もいるものじゃな。しかし、その乞食の話を受け入れて子供を育てている文徳殿は立派じゃ」
「いやいや、私はただ受け入れただけ。子供たちの働きには実に助かっておりますし、私はその彼にも感謝せねばなりません。名前は・・・昨夜の皆さんのお話に出てきたさいぎょうとかいう人です」
「なんと、西行殿か・・・」
さすがに兼綱さまも呆れていらっしゃいます。もちろん私も・・・
「さいぎょう殿、ですか。まさかご身分の高い方が身をやつして・・・お忍びでとか。そのようなことは宋にもありますが」
「いや、そうではない。彼はもと御所警護の北面の武士で佐藤義清という。武士としては誉れ高く憧れでもある」
「道理で身のこなしやら、人買いを一撃で倒したとか、本当の話だったのですね」
「彼ならそんなことは造作もないことじゃ」
「ではなぜ乞食に・・・」
「以前、我が父、源頼政が屋敷で西行と話を交わしているのを傍で聞いていたことがある。父が文徳どのと同じ疑問を持ち、尋ねておった。父は無類の歌好きでのう、歌の話もしておったが、西行殿は困っておった」
「なぜに乞食坊主になり申したか・・・なかなかお伝えするのは難しいことです。ただ、この私の乞食坊主は情けない。拙僧、もと佐藤家の武士、脱俗した僧侶の末端であり、本来の乞食ではありませぬ。道に徹すれば僧の籍なども放り出すべきが、仏の教えにしがみついたままです。中途半端な自分を恥じながら生きております。また和歌への執着も止みがたく」
「そのようなことを話しておられた」文徳さまは嘆息なされながら仰います。
「なるほど、そのような方でしたか。求道の方・・・なるほど・・・私は失礼をお詫びせねばなりません」
「いやいや、西行どのは自由闊達なるお方でな、心も空のごとくじゃて。文徳殿に子供らを預けられたのは文徳殿を信頼してのこと、西行殿は文徳殿に会えて大いに喜んでおられよう」兼綱さまは文徳さまにそう仰って微笑んでおられます。
櫓をこぐ音、波の音だけが、静かに輝く海の上に広がります。お聴きしながら康忠さまも成清や私もただ前に広がる海を見つめていました。
吉野より