pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想51

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 春告鳥の呼び交わす声が近くで聴こえたようでした。そういえば旅中も聴いたはずですが今朝はその声音が鮮やかに耳朶に伝わりました。爽やかな寝覚めです。そうそう、今日は犬丸の元服の儀です。場所は平経盛さまのお屋敷とのこと、お迎えいただくまでこちらで待っていなければなりません。湯屋の女房方が茶粥を運んでくれます。昨夜見たお庭の椿が鮮やかに池にの水に輝いています。

 

「昨夜の湯浴みはいかがでしたか」と女房が尋ねます。「宜しければお食事のあと、お入りになられては、先ほど清親さまがお見えになられてお昼過ぎにお迎えしますとか。お時間は十分にあります」

 

ああ、また湯浴みできるのですか。喜んで入らせていただきます。

 

 朝の湯浴み・・・朝日が窓から差し込んで明るい浴室のなか、湯も湯煙も透き通るように輝いています。湯は相変わらず滔滔と注がれて湯舟から溢れています。起床後、体が軽くなってきたように感じますが、湯舟に浸かるとまた一層軽く感じられます。束ねていた髪をほぐすと湯の面に扇のようにさっと広がります。これは女房に教えていただきました。遠慮なく湯に髪を広げてください、浴後に乾かす時間は十分にありますからと。常に新しい温かな湯に体は喜びの声を上げそうです。飲泉と呼ぶとかお試しあれと女房に教えられ手のひらで掬い飲みました。体の中に湯が染み渡ってくるようです。湯舟の縁に腰かけると吹き込む風のなんとさわやかなこと。湯に洗われ風に洗われ朝日に洗われて、このような至福と呼べる時間は幼かった頃の行水以来初めてのことでした。

 

 浴後、部屋で髪を櫛で梳きながら白絹で拭いていただき、女房方とお話に興じながらお迎えをお待ちします。牛の刻の昼下がりとなって清親さまがいらっしゃいました。

 

「お待たせして申し訳ありません。ようやく準備が整いました。ただ・・・佃様が福原中を駆け回ってというのは本当のことでした。我々はごく内輪で儀を執り行うつもりでしたが・・・町中に知れ渡ってしまい、宋の方々まで大勢の方が屋敷に集まって大事になり申しました。屋敷に入れない方々は門の外でよいからと」

 

 なるほど、あの佃さまが町中かけ回りなされたら、それは知れ渡ります。この新しい福原の町、元服の儀は珍しいのでしょうし、宋の方々には猶更のこと。佃様がどんなお顔でいらっしゃるか半分おかしく思います。あらら平経盛さまのお屋敷前はもう人だかり。宋の方々もお出でになっています。広いお庭にも何十人もが立ち並んでわいわい賑やかです。広間奥には立派な屋内神殿が設けられて、既に兼綱さま他みなさまが神殿の両脇に対座なさっています。あら、私が最後です。急いでご用意頂いた小袿に着替えて広間に向かいます。兼綱さまの隣に座りました。庭の方々から見られて恥ずかしいことこの上ありません。袖で顔を隠すわけにもいかず、開き直るしかありませんね。「小侍従様のあでやかなお姿に宋の人たちも感嘆していますよ」と兼綱さまがそっと耳打ちしますが私はもう消え入りたい気分です。

 

 しばらくするとご門の方から歓声が響きました。ご門から史文徳さま先頭にお子さま五人並んでお入りになりますが、そうなのです。私も目を見張りました。文徳さまは今までの油まみれの調理服ではなく、兼綱さまにお教え頂いたですが、道士服という、ゆったりとした白地に青の縁取りの衣装を優雅にお召しです。彼は宋において既に道士となられていらっしゃったのです。髪には小さな冠をつけて、色白のお顔は競さまに似ておられます。男子三日遭わざれば刮目して見よという言葉を思い出しました。しかし彼はもともと道士になられていらっしゃったのです。おそらく西行さまはそんな文徳さまを見抜かれていらっしゃったのでしょう。

 

 そして文徳さまの後ろはあの犬丸が、いやこども全員が水色の水干姿でした。一番小さなおチビちゃんまで。犬丸は胸を張り堂々とついて行きます。後ろの子たちはにこにこ顔。ああ、かわいい。彼らは広間の隣室に上がり着座ます。そして我が弟の神主が赤の格衣姿で神殿のわきから現れて、まず、庭にいる人々に修祓の儀を行います。皆さま静かにそのお祓いを受けられます。次に広間に着座している私どものお祓いが続きます。そしていよいよ犬丸が文徳さまと広間に入り着座します。子どもたちは廊下にちょこんと座っていささか緊張の面持ちです。つぎに供え物を捧げる献饌が行われてから、全員起立して祝詞が奏上されます。あの成清もさすがに威厳を整えています。

 

 

 

摩耶の滝