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終わりの今様は恋で締めくくられました。
結ぶにはなにはの物か結ばれぬ、風の吹くには何か靡かぬ
え~、風の吹くまま恋の行くまま・・・風を止めたり風の方向を勝手に変えたりはできないのと同じ、そんな意味ですと文徳さまは対面で笑いながら隣の人に歌の意味を説明しております。宋の言葉と日本の言葉が行き交うのも興味深いことです。トンラ!ヘンリーハイ!とかの声が聞こえてきますが、ご様子から、おそらく文徳さまのご説明にご納得なされていらっしゃるのでしょう。
我は思ひ人は退け引く是やこの、波高や荒磯の、鰒の貝の片思ひなる
藤白はかざす扇の先の向こうに座る文祐さまや仲光さま清親さまへ視線を送ります。優し気ながら妖しい眼差しにお三人とも目を伏せてしまいますが、おいおい仲光どうした?眠くなったか?とか、おい清親誘われておるぞ、しっかりせんかい!とまあ、お二人可哀そうに。ただ文祐さまには皆さま優しいのです。と思いきや、文祐よ、お前も大人の仲間入りだ、妻を探さねばのうと、兼綱さまは・・・優しいですね皆さま、ほんと。文祐さまは耳まで真っ赤になってらっしゃいます。向かいの宋の方々も笑っておられます。
恋しとよ 君恋しとよゆかしとよ 逢わばや見ばや見ばや見えばや
最後の今様、これは驚きました。大胆などという表現を超えて、なんとも率直な激しい恋歌ではありませんか。
恋しとよ 君恋しとよ ゆかしとよ・・・
笛や鼓の拍子とりが激しさを増して、併せて藤白の舞いの動きが扇の動きとともに早まります。扇の空を切る音に袴の裾が床の上で擦る音も止まっては上がり、まさにその恋の激しきさまを藤白は渾身の気迫で詠い舞ったのでした。
その三首の今様を連続し、終わりに、逢わばや見ばや見ばや見えばやの下二句を三度繰り返し、次第に動きは静まり声がか細くなって三度目には平伏して終わったのでした。
座は一瞬静まり返り、すぐ万雷の拍手が広間の方々からも庭に立ってご覧になっていた方々からも沸き起こりました。私も暫時息をするのも忘れるほどでした。藤白の熱するような心が伝わってきたのです。今様が一世を風靡しているわけです。
廊下に侍していた佃さまも感に堪えぬ面持ちながら皆さまを祝い膳の広間へご案内します。始め、文徳さまの側にお座りになっていた宋の人たちが懐から、ご祝儀でしょう、藤白に手渡しすると、こちら側も移動時にお一人づつ藤白にお渡しになります。私はやはり扇を与えました。お庭でご覧になられていた人たちも帰ります。
写真
摩耶の滝