pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想61

 

「文徳殿、また突然の話で申し訳ないが。ご存じのように私どもはこれから厳島神社参拝に参る。先ほど小侍従様と話したのですが、如何かな。我らとともに参拝されては」

 

 兼綱さまがお話になられますが、それは私からさきほど兼綱さまに相談したことなのです。この子たちと一緒に参拝したい。何年もの間、休みなく働いてきたこの子たちはようやく今日休むことができたのです。ましてや文徳さまと一緒に宋に渡るならまた大変な暮らしにもなるでしょうし、もう会えなくもなります。私に抱かれて眠っている菊丸の顔を見ていると、その幼いなりのけなげさに涙がこぼれそうになるのでした。私のわがままです。

 

「それは良い話じゃな、文徳殿、ぜひそうなされよ」と康忠さまも、皆さまも仰ってくれます。

 

「なるほどな。この機会、これも縁じゃて、如何かの、文徳殿。店を数日休んで。子どもらも喜ぶだろうて。それにな、宋へ渡るなら子供らも宋船を経験しておくのは良いことじゃ。それで小侍従様方の乗られる船は」と明弘さまがお話になると蔡さまが膝を乗り出してこられました。

 

「おお、そうなるなら、ご都合もおありと存ずるが、いかがであろうの。ぜひ我が宋の船にお乗りいただきたいものじゃ。まことに差し出がましいことと存ずるが、いま福原港に停泊中の宋船の中に最新の大型船がある。なに、実を申せば儂の船じゃが、自慢するのではないが、船室も新しく清潔で広い。八百人定員だから五百人ほどの乗員なら余裕じゃが、小侍従様ご乗船なら操船の乗組員ほか調理員など最小人数で行ける。風が良ければ厳島神社には二日もあればよい。我が船は二か月前に福原に着き、持ち込んだ商材はすべて捌いたが、日本から輸入する商材がすべて福原に着くにはあと二か月ほどはかかる見込みじゃ。その間は停泊しているだけ。船員もだらけてしまうでな。どうかの。小侍従様のご一行なら我が誉れじゃ。それにな、小侍従様や子どもたちまで乗船したら船員も喜びが倍増するしな。この船は今までの船の中でも一番安全で大波にも耐えられる。いつでも出航できる。まあ本音は儂も参拝しとうなったのじゃ。海の神として尊崇されている厳島神社には我らはいつも通りすがりに海上から遥拝するのみでな。あの美しい姿は遠目にもわかる。今のお話に我らも便乗したいのだ」

 

 蔡さまが熱心に兼綱さまにご自分の船をお勧めなさいました。いかがであろうか、兼綱さまが明弘さまに伺います。予定では清盛公ご所有の宋船でした。

 

「ふむ・・・蔡殿は清盛公の信認の厚い方じゃて、心配なかろう。また、厳島参拝となると清盛公もお喜びになられる。その参拝が蔡殿ら宋の方々なら、なおさらじゃな。拙者から経盛公にそのように伝えておけばよい。最新の大型船なら安心じゃ。いかがでしょう、小侍従様」

 私に異存はありません。清盛公がお喜びなさるなら経盛公の面目も立つというもの。

 

「小侍従様と佃殿に了解いただけたなら決まりじゃ。蔡殿、ではお言葉に甘えさせていただく」兼綱さまがおっしゃいます。

 

「おお、良かった。まったく良かった。文祐の元服に参列させていただき、さらに祝膳の席まで。そして文徳一家の今後も決まったし、実に佳き日じゃのう。ああ、しまった、肝心の文徳殿のご了解をお聞きしてなかった。これは相すまぬ。許してくれ文徳殿、いかがかの」

 

「佃様の仰る通り、子どもたちも休ませたかった。店を休みます。町の方々にはまことに申し訳ないですが。小侍従様のご提案、嬉しい限りでございます。蔡様のご配慮もかたじけなく、どう皆様にお礼すればよいやら思いつきません。私も厳島参拝が叶う日が来るとは想像もしておりませんでした。しかも船旅、子どもたちもどれほど喜ぶでしょう」

 

子どもたちを見回すと、あらら、文祐さまは笑顔いっぱいで文徳さまの隣に座っておられますが・・・菊丸はぐっすり私の膝の上で、他の四人も康忠さまや仲光さま、楊さまや喬さまに抱かれてもうぐっすり。

 

「どうじゃ文祐」文徳さまに言われて文祐さまは大きく頷きます。そうか、良かった、決まりじゃと弟の成清が酩酊しながらも顔をほころばせて笑っております。

 

「では明後日出航でよろしいかな」と兼綱さまが蔡様にお尋ねします。

 

「おお、明日でも明後日でもいつでも大丈夫。ご用意がおありでしょうから明後日出航と手筈を整えておきます。良かった良かった。実に愉しみじゃ」

 

 お子さまたちも寝てしまいました。楽しい宴も終わりです。では、と文徳さまがご挨拶になります。

 

「昨日から今日、二日間でなんと大きな変化、いや前進ができましたことか。まず元服の儀、佃様はじめ皆さまのご厚情に深く深く感謝申し上げます。晴れて文祐という息子を得ました。小侍従様、兼綱様、佃様、皆さま、ありがとうございました。下の子どもたちも本日に倣って順次無事元服させていきます。また厳島参拝にまで加えていただき喜びこれに勝るものはありません。私どもにこれからも𠮟咤激励のほどお願い申し上げます。本日はまことにありがとうございました」

 

「皆さまのお心遣い、まことに有難く嬉しく、元服の儀、心より御礼申し上げます。父文徳の長男として恥じぬよう精進してまいります。どうかお見守りくださいませ。また厳島参拝は弟たちも聞けばもう大喜びでしょう。いまお聞きしていたら興奮して夜も寝ないことでしょう。寝ていてくれて助かりました」

 

 盛大な拍手と激励の言葉が飛び交います。仲光さまに抱かれていた子がおねしょしたようです。うわ!という仲光さまの叫びとともに宴は爆笑で閉じました。

 

 

 

 

 

 

 宋船(借り物)