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看護士が午前1時に巡回したときに
君は既にベッドにうつ伏せて息絶えていたという
長い入院の末のあっけない連絡は
今日の日の夥しい数々の死の
数えられない死
一度繁華街の通りで君を見かけた
春のあたたかな風を受けて
真っ白なフリルブラウスをなびかせた痩身の君が
ひらりと
風に泳ぐ木の葉のように
歩く姿を見かけた
ああまだバイトが出来るのだな
家にいるより
学校にいるよりずっといいよ
君のお母さんから相談を受けたとき
すでに君の心はやつでの葉のように切り込みがはいり
パラパラと切れ落ちそうな気配を感じていた
15才の君はやせ細り
歩くのさえ心細げな君がお母さんの横に座り
幼すぎる天衣無縫の笑みを私にむけた
窓から初夏の日差しが君の白い頬を染めて
うっすらと汗ばんだ額が痛々しく
その笑みの意味を教えてくれた
心の奥のそのまた奥のその底から
遠くから 悲鳴が 小さく
布を切り裂くように聞こえた
通学と休学を繰り返し
とうとう長い入院生活に入り
いま安息に入った
無力であった私も
君のお母さんも
(君の父のことは私は触れたくない)
学校の先生たちも
君の晩秋の野にたつ烟が
鉛色の雲のなかに吸い込まれて消えてゆく
われわれはそんなことに耐えられない弱い人間だ
病室のカーテンの隙間から
千の星や月の光が差し込んでいただろうか
白いシーツの上に横たわる君の上に
窒息死というがそれは嘘だ
衰弱のはての
君が望んだ死だ と
思う
退行を繰り返すその隙間の日々
君はあの春風の中で生き生きと
真っ白なブラウスをかぜになびかせて歩いていた
ふらりと立ち寄った私に君は
「いらっしゃいませ」とにっこり微笑むことができたではないか
「しっかりやれているんじゃないか」とすこしからかい気味にいう私に
「全然平気よ、好きな仕事だもの」と明るく返事したではないか
珈琲の甘い香りが薄暗い店のなかにただよい
ステンドグラスから差し込むやわらかな光が
やさしく君を包んでいたではないか
二十歳の死
その無垢なる死は
黄葉の輝きのなかに溶けてゆき
無力な我々に
何の言葉も残さずに
欅の木立のむこうに消えていった
せめて
病室のカーテンの隙間から
千の星や月の光が差し込んでいただろうか
白いシーツの上に横たわる君の上に
前記事にいただいたコメントへのリコメに代えて。
・写真 柿本人麻呂像(奈良県宇陀市、阿騎野・人麻呂公園)
東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ
この歌の炎とは魂と解釈する意見に賛成です。