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pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

「薬禍の歳月-サリドマイド事件50年」

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「薬禍の歳月-サリドマイド事件50年」

http://www.at-douga.com/?p=14248

 

10月1日、早稲田大学ジャーナリズム研究所主催の上記上演会とトークが、大学構内の小野記念講堂で午後6時より行われた。その映像は第41回放送文化基金賞(今年度)テレビドキュメンタリー部門最優秀賞を受賞したものである。

 

正直、サリドマイド事件はすっかり忘れていたので、この作品は衝撃であった。番組でもトークでも触れられていたが、薬害の恐ろしさは人生のその後に渡って続き、更に2次障害3次障害と命尽きるまで終わる事がない、そんな重大な問題を抱えていたのであり、その問題を全面に描いた本作は薬害への私たちの姿勢を問うのである。

 

法廷闘争10年、恐ろしい長さである。人権無視の長さと言って良い。その過酷さまで被害者に強いながら、保険屋宜しくの和解=示談。その後の無関心は私も同じことであった。

 

 

裁判終了がその薬害問題の解決では無かったのである。

 

被害者たちはこの50年間に様々な2次障害に苦しめられている。また、これからの人生に向き合わねばならない。

厚労省に陳情に行くが、話し合いは出来る、補償などは難しいといわれる。また、これから実態調査に入るとも伝えられる。

 

実態調査?

実はドイツに於いて既に被害者900名くらいの方々への調査が行われ、年金月100万円近くの増額となっている。

ドイツ人と日本人ではどうも薬害の影響は役人さんや政治家さんの頭の中では、違うらしい。

 

補償金、愚かで卑しい人間はその言葉に目の色を変え、被害者差別に走る。

補償金は社会の中で被害に遭われた方々への、せめてもの償いであり、ドイツでは、ある女性はその補償金で車椅子ごと入れる車を購入し、ヘルパーを雇い、買い物や旅行などの社会生活を送る事が可能になっている。それは被害の苦しみ、人生の苦しみを解決するものではなく、人間としての社会参加への条件を準備したに過ぎないのである。

 

出演者の増山ゆかりさんも補償金と言う言葉は使えず言葉を濁す。

彼女のような非常に知的な方でさえ、濁さざるを得ない、この国の社会の有り様の無様さがある。

 

思えば、全ての薬害に当てはまることである。

水俣病は日本企業、政府の陰惨を極めた姿を世界にさらした。

被害者の苦しみはまた極限である。

差別も加わる。

 

全て、長い自民党政治の元で起きていることを、裁判問題も含め私たちが考えることができなければ、それは被害者の全ての方々への軽視、ひいては差別に手を貸すことになる。

 

そう、出演者の中で、誕生後親に捨てられた男性がいるが、彼の言葉は紹介しておきたい。被告人は裁判でカネを払えば済むのか?刑事罰はないのか?

 

つまり、加害者である被告人らは会社や政府に補償金を出させて終わり。のうのうと暮らしている。彼の怒りは補償金では解決しない。

東電もね。

 

ご覧になってない方は上記のビデオを是非ご覧になって下さい。

 

そこには、今回トーク出演なさった増山ゆかりさんや、被害に遭われた方々、そのご家族も、人生そのものとしての問いかけを見るものに優しく投げかけて下さっている。

 

ご覧になれば、本作をつまびらかに述べることが、このような2千字内では治るものではなく、何冊もの書物になるだろう事が実感できるでしょう。それを90分に凝縮し結晶化したディレクター、撮影スタッフのご苦労が察せられ、またその視点設定、背景としての見識の見事さにも感動させられる。

 

 

私は既に長くテレビ番組とは絶縁しているので、今回の催しは有難かった。あの無様な経営者が踏ん反り返るNHKにも気骨ある人士がいたと嬉しく感じたものである。

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