読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

『忘却された支配―日本のなかの植民地朝鮮』1




『忘却された支配―日本のなかの植民地朝鮮』
                伊藤智永  岩波書店

久しぶりに日本近代史関係の書物を読んだ。畏友からお借りしたものである。

第1章 強制を思い出す―宇部
第2章 骨と碑の戦後史1ー北海道
第3章 骨と碑の戦後史2-筑豊
第4章 追悼と謝罪の間―紀州
第5章 朝鮮人の特攻ー知覧.万世
第6章 朝鮮ジェノサイドー四国
第7章 総督府官僚たち

 近代日本が朝鮮半島や中国にいかに向き合いいかに非道をなしてきたか知ってるつもりでも、このような本を読むと新たに現代の問題が突きつけられる。
 この書は毎日新聞編集委員である著者が、歴史的事実を丹念に長年掘り起こし、各証言や新聞記事などをもとに動かぬ「事実」として調査している各地の人々を取材し、昨今の狂気じみた修正主義歴史観に対峙する内容として仕上げた。

 第1章に於いては、宇部の海底炭田の長生炭鉱落盤事故を取り上げる。「朝鮮炭鉱」とも呼ばれていたというくらいで、犠牲者の4人に3人は朝鮮人。坑夫183人中136人が朝鮮人である。今も海底の下の坑道に放置されたままだという。事故から40年後になって旧炭鉱関係者が「殉難者の碑」を建てた。


昭和一七年二月三日の朝
沖のビーヤの水はピタリと止まった
四十年を迎えた現在でも、百八十三名の炭鉱の男達は海底に眠っている
永遠に眠れ 安らかに眠れ 炭鉱の男達よ
  (ビーヤとは海面に突き出た、坑道の換気口排水口


 この碑文は井上正人さんによる自作の詩の一節という。百八十三という数字は刻んでいるが、刻まれた名前には井上さんたち日本人の建立者らの名前しか刻まれていない。

一方、地元の高校教師山口武信さんは長生炭鉱の労働者用のバラックに戦後三十年もたって教え子が住んでいたことに大きなショックを受けて、埋もれた史実を調べていく。その中で、寺の倉庫にあった段ボール箱に位牌が詰め込められていた。そこから丹念な調査の末に全員の氏名と出身地、年齢を明らかにしていった。4人分多いのは事故発生直後の暴動鎮圧で殺された人たちを加えたからではないかと山口さんは推察する。
 山口大学教授だった島さんは在日の人たちへの「指紋押捺拒否運動」に関わり、その延長線上に地元の長生炭鉱水没事故を知り、山口さんの論文、調査結果を紹介されるに及んで、その石碑碑文を知った。翌年は事故の五〇回忌でもあり、その慰霊式において「何とか朝鮮人犠牲者への配慮ー朝鮮に対する不当な支配を素直に認め、反省し、謝罪することがどうしても必要ではないですか」と井上さんらと話し合ったが「碑は、炭鉱が地区の発展に寄与したことを顕彰するため」と反論し終わる。翌年の五〇回忌は別々に行われたという。その平行線はついに新しい慰霊碑を建立することになる。長年に渡り朝鮮人遺族たちとの真摯な話し合いの末である。

この章で、日本人が犠牲者をうやうやしく奉り、犠牲者を戦後発展の「礎」として見てしまう姿を見た。また、私は「犠牲者の4人に3人は朝鮮人」という文章にも引っかかった。つまり4人に1人は日本人である。いうならば、彼ら経営者・軍・行政は炭鉱労働者を人間とみなしてなかった。

 そうでなければ「事故の数日前から坑道内に海水が異常なほど流れ込み、尻込みする坑夫たちを現場監督が殴り蹴りして 坑内に下ろしたとの証言」はどう読めばいいのか。戦後、長年の不法採掘だったことを事故当時の経営者頼尊淵之助が認めているが、一切の反省も謝罪もないその発言を宇部興産副社長が賞賛して回想している。

戦時強制連行問題と本質は同じであろう。
筆者は
「メンバーの属性を「左寄り」とくくるのは狭すぎる。イデオロギーでもない。共通するのは、戦後社会のどこかで在日韓国.朝鮮人と触れ、植民地時代に行き当たり、同情ではなく、自分自身の生き方を確かめるために関わり続けている点だ」
と指摘する。

 


オマケ。ウィキペディアでの記事抜粋

「1942年(昭和17年) - 長生炭鉱が海水流入事故(183人死亡)により事実上閉山。沖ノ山炭鉱、宇部セメント製造、宇部鉄工所などが合併して宇部興産が発足。なお「犠牲者のほとんどは徴用された朝鮮人」と解説されている場合もあるが日本が朝鮮人への徴用を開始したのは1944年9月からである。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E9%83%A8%E7%82%AD%E9%89%B1

誰がまとめたかわからないが、これほどのデタラメを書ける者は特殊な集団の一員だろう。


第2章は北海道深川市一乗寺住職の殿平善彦さんの話から始まる。