pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想38

 

 

そうでしたか、良いことをお聞しました。

こころざし、久しく聞かなかった言葉です。以前、源頼政さまや平忠度さまに一度お聞きしただけでした。士に心と書いて志じゃ。士とは武士という意味だけではない。願いを持って前に進んでいくという意味じゃな。お二人ともそのようなことを仰いました。その真意をお伺いできなかったことはまことに残念でした。いま再びその言葉を抱く人物に出会おうとは思いもよりませんでした。文徳さまは帰国し、かの地でお仲間とともに義塾を開き、しかも幼い子どもたちまでお教えしたいとか。文徳様のお優しい笑顔のみなもとが伺い知れたのでした。

 

 その夜夢を見ました。

 何の音でしょう、聴いたことのない音が闇に広がります。一つの笛の音に違いないのですが、それは初めて聴く音です。それは次第に重なり、途切れたかと思うと再び更に重なり、強い音弱い音、高い音、低い音の、不思議な音色が、繰り返す波のように寄せては浮かび消えていきます。

 そうかと思うと雨音・・・雨だれの音・・・池の水面に跳ねるような音が耳の奥に響いてきます。そんな不思議な柔らかな笛の音や雨だれの跳ねるような音が繰り返す波のように寄せては浮かび消えていきます。そう、夢の中、夕暮れから雨模様の空になっていたと思い出しました。

 新羅楽高麗楽百済楽・唐楽でもない林邑楽渤海楽でもない不思議な音の波・・・はるか昔に雅楽頭の源範基様のお導きで習い覚えた雅楽でさえない音・・・

 すると闇の中にぽっかりと、まだ若い娘の丸いふくよかな顔が浮かび上がりました。にこやかな笑顔がこちらを向いています。

「あなたはだれ?」

彼女は問うに答えず歌い出します。

  驅車上東門  車を上東門に驅り
  遙望郭北墓  遙かに郭北の墓を望む
  白楊何蕭蕭  白楊 何ぞ蕭蕭たる
  松柏夾廣路  松柏 廣路を夾む
  下有陳死人  下に陳死の人有り
  杳杳即長暮  杳杳として長暮に即く
  潛寐黄泉下  黄泉の下に潛み寐ねて
  千載永不寤  千載 永く寤めず
  浩浩陰陽移  浩浩として陰陽移り

ああ、きよらな声・・・娘は続けます。

  年命如朝露  年命 朝露の如し
  人生忽如寄  人生 忽として寄するが如く
  壽無金石固  壽には金石の固き無し
  萬歳更相送  萬歳 更も相送り
  賢聖莫能度  賢聖 能く度ゆる莫し
  服食求神仙  服食して神仙を求むれば
  多為藥所誤  多くは藥の誤る所と為る
  不如飲美酒  如かず 美酒を飲みて
  被服丸與素  丸と素とを被服せんには

「車を走らせて上東門に至れば遙かに郭北の墓を望むと
白楊はわびしくたち、松柏は墓を覆う。下には死者が眠り横たわっているのでしょう、いつまでも黄泉の下に眠り続けて目覚めることなく季節はたゆることなく流れ命は朝露のように儚く金石のごとき不変ならず。遠き昔より人は互いに送られ賢聖も私も誰もその則を超えることなし・・・不老の薬などに迷わず着飾って美味しい酒で短かな生を楽しみましょう・・・」

墓に眠る者に思いを馳せ、この儚い人生を楽しみましょう・・・
あなたはそう私に告げたいの?

その時、その娘子は成清に贈られた人形の姿に見えました。

ああ、あなただったの・・・
なんと愛らしい・・・さあ此方へおいでなさい・・・私は手を伸べました。

しかし、そう言うやいなやそれは昔亡くした娘に見えました。
ああ、お前だったの・・・

あら、お母さま・・・お父さま・・・亡くなった夫伊実の、源範基さまの面影・・・
闇の中に幾つもの鏡の面がくるりくるりと廻り面影が写り出されたような気もします。

長い時が過ぎたようでした。
私は夢の闇の中で泣いていました。

 

 

引用詩 以下参照

古詩十九首之十三 詩詞世界 碇豊長の詩詞 漢詩 gushi19shou

 

画像 唐三彩 借り物