pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想63

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 貴方・・・はるか天空の彼方におられる貴方に、飽きられずお聞きいただくには私のまことに拙い話で心苦しいのですが、小侍従と呼ばれたこの私の、ただの女房にすぎぬ私の人生の中で、僅か数日の間の、儚くしかし私にはかけがえのない経験を、ほんとうの喜びの経験をお伝えできれば嬉しさは増します。

 

 私は黄山号の二階の部屋を与えていただきました。杉の香りが満ちる部屋には寝台と呼ぶ珍しいものが二台備え付けられており、天井から白絹の天蓋と呼ぶものが下りています。また、見慣れぬ宋の立派な家具や調度が興味を引きます。年若いつわぶきも好奇心が溢れているようです。

 

「小侍従さまのお付きとして参れと佃さまに命じられた時は心の中で万歳しました。私は山の育ちのままにお屋敷に入ったものですから、外の世界は殆ど知りません。それが今回、こんな立派で大きい船、それも宋の船に乗れただけでも里の者たちは羨ましがるでしょう。ましてや厳島神社参拝までお供させていただくなんて昨夜はもう興奮して眠れませんでした」

 

 つわぶきは丹波の商家の娘で一四歳でお屋敷に来たとか。元気で明るいこと。おしゃべり好きで、若さが漲っています。

 

「小侍従様、窓を開けても宜しうございますか」

 

 つわぶきが窓を開け放すと、途端に潮の香りが吹き込んできました。その瞬間、私は、新しい風・・・ふとそのような言葉が思い浮かびました。寺江から福原まで潮の香りも存分に吸い込んだはずの私ですが、なぜか今、そのような言葉が浮かんだのです。窓を開け放った途端、新しい風が吹き込んで、春の海の光が目の前に、見渡す限りに広がったのでした。