pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想62

 

 結局私は勧められるままに清盛さま湯屋に出航まで泊りました。なんともあの湯浴みの魅力には抗いがたいのでした。兼綱さまがおっしゃられた、癒されよという事の意味を初めて知ったのです。ありがたいことです。本当に、私は皆さまのおかげで身も心も軽く和らいだのでした。

 

 出航の朝、昨夜の雨は上がり晴れ渡りました。広いお庭の石組のそばの海棠の花が開き加減に朱色を見せています。壺装束に着替えて湯屋の門に出るとすでに兼綱さま康忠さま競さま仲光さま清親さまが白藍の直垂姿でお待ちでした。成清は後ろで笑顔満面でこちらに手を振っています。

 そうそう、私には経盛さま別業でお勤めの女房に、お一人付き添っていただくことになりました。船旅で女一人はお寂しいでしょうという明弘さまのご配慮です。兼綱さま康忠さま明弘さまを先頭に私はその女房、つわぶきと申しますが並んで歩きます。後ろに競さま仲光さま清親さまと続きます。町に入ると住民の方々が道を空けて私たちを見送ってくださいます。すでに元服の儀から祝膳でのお話なども知れ渡っているのでした。

 

 大輪田泊の入り口で文徳さまたちと合流し船着き場に出ました。文祐さま、お子さま方が笑顔いっぱいです。あれが蔡殿の船ですと示された船のおおきいこと。わあ~!と子どもたちの歓声があがります。船の前には宋人町の方々が見送りにいらっしゃっています。文徳さまやお子さまたちに声をかけたり、餞別でしょう、なにか包みを渡したり賑やかになりました。船の舷梯のところで蔡さまと船員の方々の歓迎を受けました。船員も今朝は小侍従さま方がいらっしゃるということで正装礼をとっております。彼らも緊張しながら喜んでおります、と蔡さまはお話になりながら船内に導いてくれます。甲板と呼ぶところで船長の敬礼を受けました。

 

「小侍従様、ようこそ我らが船、黄山へ。船員一同光栄の至りでございます。黄山は宋で建造された中でも最新鋭の船でございます。これから一路、厳島までご一緒させていただきます。船内ではこの右におります周にご案内させていただきます。周も日本滞在が長く一通りの日本語は使えます。宜しくお願い申し上げます」

 

 李修明船長はお顔が以前絵で見た鍾馗さまのようで一瞬身がすくみましたが、彼はこどもたちを見た途端に笑顔がこぼれるような人物、安心しました。背も高く、兼綱さまと変わらない体格です。その後、互いの紹介が終わるといよいよ船出です。李船長の合図で銅鑼という名の大きな銅製の太鼓が泊中に響き渡りました。大きな音にびっくりしました。子どもたちも仰天したようです。

 

「チャアマオ!」

 

 雷が響くような大声で船長が叫びます。錨を揚げよという意味だと周さんに教えられます。錨とは船をその場所に繋いでおく重しだとか。船首で大勢の船員さんが鎖を引き上げます。すると左右両舷の櫂が海面に一斉に突き刺さり船はゆっくり岸を離れていきます。見送りの方々と子どもたちが手を振りあっています。ああ、この子たちは宋の町の人たちにもこんなに可愛がられていたのですね。私も嬉しさがこみ上げます。一緒になって良かった・・・

 

「ヤンファン!」

 

 帆を揚げよという号令とともに船員さんたちが綱で帆を揚げていきます。大きな帆・・・

船には三本の帆柱が聳えていますが、三本とも帆が張られて風をいっぱいに受けて前進していきます。いよいよ厳島への航海が始まったのでした。ああ、胸が高鳴ります。