pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想64

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子どもたちの声が下から聞こえてきます。手の空いた船員さんに案内してもらっているようです。見ると甲板の帆柱に集まっています。複雑な帆縄の操縦の話に真剣に耳を傾けているのですが、そのうち一人がお話に飽きたのか、帆縄にぶら下がるとするすると登っていきました。危ない!という声は文徳さまの声ですが、聞こえないのか・・・ああ、一段目の帆桁まで到達。あれは・・・六歳になったばかりの猿丸、祝膳の時に蔡さまの長いお髭を弄り回したりつるつるの頭をぺちゃぺちゃ叩いていた子です。猿丸は帆桁の上で得意顔で手を振っています。船員さんたちはハオリーハイ!とか叫んで手を叩いて喜んでいます。文徳さまは大変です。おちびちゃんが蜘蛛の子を散らすようにあちこち駆け回っていますから。文祐さまもお手上げですが船員さんたちが離れていても注意を払ってくれています。

 

 私たちも甲板に降りてみました。見たことのない、当たり前ですが、様々な道具が備えられています。舟も四隻定置されています。つわぶきも周さんに頼んで子どものようにあれこれと船員さんに訊きまわっています。

 

 黄山号は海を滑るように走っています。海風が笠を飛ばさないように手で押さえながら私は船首の戸板に行きました。西の海と呼ばれる大海原が眩い光を放っています。その広大無辺と思える広さ・・・遥か後方に生駒山らしき山並みが島のように小さく見えています。なんと遠くまで来たのかという感慨とともに、この無辺の中では遠くという感慨も意味がないのだなと気づいて、思わずひとり笑っている私でした。

 

 ただぼんやりと海を眺めていると、「小侍従様」と後ろから兼綱さま康忠さまに声をかけられました。

 

「いま、李船長と蔡殿に一通り船内を案内してもらいました。いや、驚くことばかり。特に羅針盤には。磁石というものを利用して針が南北の方角を常に示すというのです。これがあれば確かに天候に左右されず、針路を過たずに安心です。隔壁構造も驚きました。船内部に、縦または横に柱を積み上げて部屋を作っていますが、万一どこか外壁が損傷しても浸水はその部屋だけになりますから多少の損傷では沈没しない作りです。羅針盤とこの隔壁で航海の安全性は飛躍的に高まります。彼らが我が国はおろか遠くインド洋と呼ぶ海にまで航海を広げているのも頷けます」兼綱さまは真っ直ぐ前の海を見つめながら仰います。

 

「拙者も同じく驚きましたが、加えて申します。宋船の所有者のことです。この黄山号は蔡様が所有者ですが、多くの船は市民のみならず船長や船員たちも一緒に出資しているということ。つまり航海で得た利益はその出資額に応じて分配されているとか。なるほど、それならばこのような巨大な船も建造しやすいわけです。大変理に叶ったやりかたです」

 

 康忠さまは頬が紅潮するほどに感動なさっています。

誰かが私の手を取りました。ああ菊丸です。私に抱かれたまま眠ってしまい、文祐さまの言うとおり宴が終わっても起きませんでした。菊丸は私を見上げてにっこり微笑んでいます。

 

 

 

 

写真 大河ドラマ平清盛」で実際に作られた船。呉市