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もう逢へぬ人となりけり沙羅の花 陽清
人の背を越えて山百合花たわわ 陽清
二人して粥食むあさげトマト添えへ 淡雪
七夕や三十年を戻る夫 淡雪
高麗宿の七夕飾り色清か 夏生
力込めカボチャ切る音盆近し 夏生
蓮ひらくすさまじき雨の下にも 巴琴
夏の道あとは下りと峠越ゆ 巴琴
もう逢へぬ人となりけり沙羅の花
亡くなられた親しい友への追悼の句。「もう」という哀切な感情の副詞が初句の頭で強調されています。しかし、「沙羅の花」言わずもがな仏の花を添えて追悼の句が手向けの句となりますね。清楚な沙羅の花。「けり」の底知れぬ詠嘆を掬います。
人の背を越えて山百合花たわわ
お近くの巾着田を散策なさった時に緑の中に一本咲き誇る山百合の発見。百合の王。そんなに背高く育っている山百合にはなかなか会えません。しかも花がたくさん。豪華だったでしょう。香りも素晴らしい。
二人して粥食むあさげトマト添えへ
8か月も入院治療に耐えて久々に帰宅されたご主人と向き合う作者、トロミ食からお粥へと事程左様に配慮なさってますが介護の大変さを出すわけではありません。トマトの赤色が部屋の彩りとして作者の明るい気持ちを伝えてくれます。「二人して」なるほど、医者いらずのトマトは愛の色でしたか。
七夕や三十年を戻る夫
同じ作者の句。もう詠まれる句はご主人オンリー。長い別離でした。当然です。そのご主人は三十年精神的に若返っていらっしゃいます。そんなご主人を献身的に温かく見守っていらっしゃる作者。当事者のお二人は大変でしょうが、句会としてはこのような愛情あふれる雰囲気は非常にありがたいことです。
高麗宿の七夕飾り色清か
高麗宿という古い歴史を持つ名前が「七夕飾り」で「清か」に蘇ります。当地では7月。天候がなかなか難しい時期ですが、七夕飾りの鮮やかさが古代のロマンを伝えます。尤も現代人の大半には本来の「ロマン」はおそらく死語でしょうね。
力込めカボチャ切る音盆近し
初句の気合の意味が中句で分かりますが、そのカボチャが東京カボチャとか。小さなやつ。ああ、あったな、大きいほうが良いのでは?くらいしか知らないぼんくらの私。カボチャに向き合い、エイヤー!気合の包丁で叩き割る、やはり力強い主婦の句ですね。男は既に負けてます。
蓮ひらくすさまじき雨の下にも
今夏も蓮の花が開き始めました。花茎が真っ直ぐ気持ちよく伸びあがって、それと共に蕾も膨らんでいきます。雨ごときに負ける蓮ではありません。
夏の道あとは下りと峠越ゆ
この長雨に入る前の酷暑が懐かしい。汗を拭きながら山歩き。登ってしまえばあとは楽!人生同じ。