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頂上から降りて平坦な小道を歩いていた時である。
背後から地鳴りのような音が迫ってくる。
音は次第に大きくなり、来るかと思ったときには風はごうごうと背を押していた。
風は両側の山の間の道を一気に降りて大量の枯葉を巻き上げながら前方へ絡まり流して行った。
風はやや冷えていたが汗ばんだ体には爽快この上ない。
これを谷風と呼ぶのか。風が正面から吹き上げて山に向かう方向ならわかるが、低山だからかそんなことも起きるのだ。
つまりは春の風。
帰宅すると門扉周りは梅の花びらで染められ、お迎えに跳んできたモン太郎の背にも花びらがついていた。
ゆき戻り夢あるらめやわがこころ
みぞれまじりのはるの山風 巴琴
拙歌で申し訳ないが2011年03月07日に記録していたものの一首である。東日本大震災が迫っていたのである。当時の今頃はみぞれ混じりの風だった。
「全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた」
『山月記』中の李徴の言葉である。先の拙文に引用した辻まこと『写生帖』に載せられた陶晶孫詩を併せて読めば、その李徴すなわち中島敦の言う「懼れ」を理解できそうである。
相変わらず風は強く庭の木々や公園の大木を揺らしているが、居間は暖かな光に満ちている。昼寝でもするか。
写真 その「谷風」の抜けていった道。散歩コースの中でも好きな場所。もうすぐ桜の花が舞う。