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座はまた賑やかになりました。仲光さまと清親さまが何やら見せ合っては言い合いしたりしています。その横で競さまは知らぬ顔で給仕の若い女房と盛り上がっておられます。それはそう、彼を女性が放っておくわけありませぬ。文徳さまには昨夜のように宋のお話も漢詩なども楽しくお聞きしました。文徳さまはすっかり酔っておられるようです。
「え~~、お笑いを一席お聞きくださいませ~」
文徳さまも興にのってもろ手を広げてお話なさいます。あらら、生真面目一方という先入観はもう捨てましょう。
「え~~、あるところに大変な博学の士がいました。ある人が尋ねました。覇の字になぜ西がついていますかと。うむ、よい質問じゃと博学先生は言いながら説明を縷々始めたので、ある人は口を挟みます。あれ? うっかりしました。先生、覇の字の元の漢字は霸でした。雨冠でした! すると博学先生は悠然と答えます。案ずるな、それはだな、慈雨が感化するのだ、と髭を指で丸めながら答えます」
「あはは、慈雨が感化して覇を下すのか、そりゃ可笑しい!」座は笑い転げるもの、手を叩く者もいて盛り上がります。
「実はその博学先生とは皆様ご存じの王安石先生です。その強情っぷり、負け惜しみも天下第一で鳴り響いておられます」
「ほう~~王安石殿とは、あはは、貴国においてあの大改革を為した堅物の彼がそんなことを言うとは知らなんだ!あはは」
成清は腹を抱えて笑い転げます。
「え~、まだ続きがありまして」
文徳さまも気をよくして続けます。
「先ほど詩や料理で名前が出た蘇東坡先生、ですが、彼が王安石先生に尋ねました」
「おお!大先生の対決か!」
成清が調子にのって気安く言います。失礼この上ない男ですが、もう酔いが回ってどうしようもない体たらく。
「はい、お二人とも我が国の大先生です」
文徳さまもさらりと受け流して下さり、笑いながら続けます。
「王先生、私の号の東坡の坡という文字をなんとご覧になりますか、とお尋ねになります。王先生は澄ました顔で、それはな、土の皮ということじゃ」
「なるほど、じゃあ、被は衣の皮ですね。波は水の皮ですね」
「うむうむ、蘇東坡先生、その通り! 拙者が一つ教えたらいくつも理解する。さすが優秀な先生じゃ」
「では」とすかさず彼は尋ねた。
「滑、の文字は、水の骨ですね?」
可笑しい! 文徳さまは身振り手振り、表情まで王安石さまにも蘇東坡さまにもなりきっています。私も思わず噴き出してしまいました。座は爆笑の渦でした。私もこんなに心から笑えるなんて、そのような自分に気づき驚いた次第です。
・ 写真 豊後高田市 長安寺