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黄山号は仙酔島と呼ばれる島をぐるりとまわり鞆の浦に着岸しました。仙酔島・・・仙女の酔いしれる島ですか、なるほど小島ですが入り江も美しい島です。つわぶきが子どもたちに話していた物語の一つに浦島伝説がありましたが、弟の成清によるとこの島や鞆の浦にもそのような物語があるそうです。特に仙酔島には神秘的な五色の岩まであるとか。
仙女、天女・・・時空を軽々と超える物語。子どもたちはそのお話に目を輝かせて聞き入っていたそうです。時空を難なく往来すること、かぐや姫も浦島の翁も時空も超えて・・・聞いていた子どもたちもみな同じだったと先ほど文徳さまが教えてくれました。
「つわぶき様のお話は彼らには現実の、いや真実の世界を観させてくれました。彼らには夢も現実でございます。現実も夢でございます。美しい夢や美しい現実は彼らを幸せな世界に導いてくれます。過酷極まる現実、そこから生まれる陰惨な夢。私たちを西行様や皆さまとの出会いがそんな悪夢の世界からの解放を導いてくれました。そしていま、皆さまのおかげで私たちは喜びのある新しい世界のただなかに居ります。子どもたちの姿にそれは如実に表れております」
それははるかな天空におられる貴方にも通じることですね。貴方がいまも静かに私の拙い話に耳を傾けてくださっておられることを感じております。私にとってそれはこの上ない喜びなのです。私の言葉に耳を傾けて言葉を掬い取ってくださることの嬉しさ・・・
「さて、これより鞆の浦で潮待ちの間に我々は食料や水を調達する。皆さんは町を散策なさるなり食事をとられるなり御随意にお過ごしくだされ。出帆の時はこの銅鑼を三回鳴らします。なに、この銅鑼の音は鞆の浦中に響きますでな、ご心配なく。ああ、付け忘れましたが当地は鯛が豊漁の地でな、鯛料理などお勧めでござる」
蔡さまが李船長と並んでおっしゃいます。
「酒も美味いでのう!」成清がまことに嬉しそうな顔で叫ぶのにつられて蔡さまも李船長も「よし!一仕事終えたら飲みに行くぞ!」と叫ばれたのでみな大笑いです。
私たちは兼綱さま方や文徳さま方に成清も加わって14名で町を歩きました。文徳さまの道士服やお子さまたちの水干の衣装が町の人たちの目を引きます。かわいい~なんて道を歩く娘たちに言われると文徳さまはむろんのこと清親さまはおろか兼綱さままでも心なし得意げのご様子です。つわぶきは終始子どもたちの周りにいますがすごく嬉しそうです。お店に入り美味しい料理を、と言ってもお魚尽くしで蔡さまがおっしゃるように鯛が中心ですが、たくさん頂きました。私はお酒もほんの少々。私は今回の旅で初めて毎日お酒を、宋のお酒が多いですが頂いて、あら、私はお酒が好きになったみたい。つわぶきにも勧めました。鯛のお刺身や焼き魚もとても美味しい。殿方は文祐さんも含め盛り上がってらっしゃいます。私はつわぶきから子どもたちの様子を聞いて愉しんでいます。
「そうだ、せっかく来たのだから真言宗の寺院である福禅寺に行ってみようぞ。皆さんにもぜひ見て頂きたい。あの蔡殿が宋にもこんなに美しい眺めはないと太鼓判を押しておった」
そんな成清の提案で小高いところにある福禅寺にお参りしました。その眺めはほんとうに・・・仙酔島が目の前に鞆の浦が一望できます。天女が天の羽衣を着て舞いそうな鞆の浦の美しさ・・・浦島のじいちゃんいるかな!と子どもたちもはしゃいでいます。そうこうしているうちに銅鑼の音が下から響いてきました。一かい二かい~三かい~~と子どもたちが数えます。
福禅寺の客殿より 借り物