pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想80

 

 

 厳島滞在は三日目になりました。

 佐伯さまの過分なるご配慮をいただき私たち一行は船員さんや勘助さんも含めて皆さま恐縮ながらもありがたい時を得ました。もちろん子どもたちも海や山へと佐伯さま先導にて駆け回りました。

 

 そうそう、昨日までの二夜、つわぶきは大広間で子どもたちに物語を聞かるのが仕事になっていました。彼女は喜んで、寝る前の子どもたちに物語を、演技を交えてします。可笑しいのは社の内侍さまやあの謹厳実直で剛の武者の方々までつわぶきに言いくるめられて演じていたのです。子どもたちの一番人気は竹取物語で、内侍さまの美しいかぐや姫には皆さまうっとりと、成清などは目がまん丸です。例のおバカなあべの大臣のところはあの怖いお顔の兼綱さま。お上手なこと。いや、おバカを演じるのは簡単よ。地でやればよい、そうおっしゃいますが、なかなかに奥の深い方です。みんな手を叩いてげらげら笑います。二番目が羽衣物語で、つわぶきが私一度天女になりたかったの~と天女の役を演じると、素直な子どもたちは江田島の天女の話を思い出しました。内侍さまの天女を加えてもり上がります。これは天女さまだ!あ、泣きべそふみちゃんだ!おこりんぼうあきちゃんだ!そのじっちゃんは勘助じっちゃん!と子どもたちは大喜びです。まあ天女さまやじっちゃんを熱演する内侍さま方やつわぶきや勘助さんも大変です。三番目が浦島太郎物語で、竜宮の姿を語るつわぶきに、あ、厳島神社だ!と叫んだ子が雪丸でした。豊かな想像力に、いつの間にか聞き入っておられた文徳さまや文祐さまも驚いていらっしゃいました。なるほど、そういわれてみれば厳島神社の荘厳華麗な海の上での佇まいに天女の舞いがかぶれば竜宮殿となりますか。二日目の物語のときに勘助さんが釣り竿をかついで登場したときは、さらに膨れ上がった観衆ー蔡さまや李船長はじめ船員さんなど宋の方々のみならず神社の方々までーが大笑いしていました。一番後ろでは佐伯さまが涙を流して大笑いなさってらっしゃいます。

 

 夜遅く皆さま寝静まったころ、つわぶきが佐伯さまから錦の端切れを頂戴しなにやら縫っていました。せっせと小さな袋を二十個作りました。口に紐を通し完成です。子どもたちから預かった水晶をできあがった袋に均等に入れていきます。

「これはね、子どもたちがお守りにしたいというので作ってます。たくさんあるので小侍従さま、文徳さまや文祐さまはもちろんのこと、佐伯さま、兼綱さま、康忠さま、競さま、仲光さま、清親さま、そして李船長や蔡さまにお上げしたいのだって。こどもたちは嬉しくてしようがないのですね」

 私も嬉しくなって思わず涙をこぼしてしまいました。

 

 

 明日出港ということで静かになった三日目の夜、私は一人宿所から抜け出て厳島神社の平舞台にむかいました。いやおひの潮風は心地よく、社の背後に聳え立つ弥山は黒々と銀河を仰いでいます。

 寄せる波を間近に見ようと、本殿の平舞台の端に座りました。波は折しも山の端に浮かび上がった満月の光を受け、秘曲の音色のようにさざめいては輝いています。その場に琴があれば私は無意識にでも弾き始めていたでしょう。幼き日に雅楽頭源範基さまに導きを得たことは前にお伝えしましたね。琴は、数年で秘曲を伝授されました。ただ私は人前で弾くことは滅多にありませんでした。

 

 煌々たる満月の光に、平舞台も明るく、濃藍色に浮かぶ安芸の対岸まで見渡せます。私は身じろぎもせず目を閉じました。さざ波の音の中で五十三年の来し方が私の胸を駆け巡ります。

 

「小侍従さま」

 

振り返ると、釈王内侍さまがこぼれんばかりの笑顔で白百合を活けた壺を差し出しました。

 

「これは私どもが平忠度さまより御ふみにて承ったものです。当地の百合の花を小侍従さまにお届けするようにと、当地で早咲きさせたものでございます」 

  

 月明かりに映し出された白百合の花は社内随一の美人と噂された釈王内侍さまのお顔にもまさる清楚な一輪でした。花の下に小さな文が結ばれています。開くと忠度さまお手跡の歌がしたためられています。

 

     いつくしま白百合の花夜床にも

              愛しと匂ふ妹ぞかなしき

 

 万葉のお歌を本歌取りなさった忠度さまのお歌と私は即座に気づきました。忠度さまは老いた私にもこのように気遣って下さる。私は心の中で忠度さまに深く感謝を申し上げました。昔、短い期間、忠度さまと恋の歌をやりとりした思い出がよみがえります。その白百合の香りはかぐわしく私の記憶を染めていきます。釈王内侍さまは低く頭を下げると去っていきました。

 

 しずかに時は動いていきます。月は中天にかかり、銀河は影を薄め、波は一層煌めいています。このまま時が止まってくれたらという、幼い頃の願いをふと思い出して私は思わず微笑んでいました。

 

 

写真拝借