pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想65

 

お船は楽しい?」と聞くと首を縦に振って、「うん、楽しい」と答えます。

何が一番楽しいと聞くと、「みんな!綱登りもやったよ!」と元気に答えながら、「一番はねえ・・・」と言って口ごもります。

 

「何?教えて、知りたいな、菊丸が一番楽しいことは何かな」と、腰を下ろして菊丸の顔を覗き込むと

 

「あのね、海を見てたの。そしたら海の声が聞こえるの。でね、僕も海に話していたの。楽しいんだ、海は」

 

菊丸は女の子のような顔立ちでそのように話してくれます。そうね、海は楽しいねと言うとこっくり頷きます。私はとても嬉しくなりました。

 

菊丸は文徳さまの末っ子になって以来、みんなに可愛がられて育ちました。

 

「この子は二歳で私のところに来た時は癇の強い子でした。この子は大変じゃ、いや参った。わしの手には負えん。文徳、頼む、と西行様はおっしゃいました。実際すぐに大泣きしたり癇癪をおこしたり熱をだしたりでしたが、文祐以下みなが菊丸を包み込んでくれました。私など疲れ切り、時にいらいらして叱ったりもしましたが子どもたちはみな菊丸をかばってくれるのでした。彼らは菊丸をよく理解していたのです。してはいけない事、言ってはいけないことなども、彼らがきちんと教えるのです。ああ、私はいま疲れを理由にしましたが、恥ずかしいことです。己の未熟を子どもたちから教えられました。まったく、彼らも精一杯頑張って暮らしているのですから。こんな私では修行など及びもつきませんね。」

 

文徳さまはそう仰って頭をかいていたのを思い出します。

「お~い、菊丸、みんなで下に降りるぞ」

 

文祐さんが声をかけて菊丸を連れて下に探検に行きました。私の手のひらには菊丸の小さな温かい手の感触がほんのりと残りました。