夢 一
父さん・・・隣に寝ていたお父さんがいない・・・舟は亜光速で進んでいるが、まるで宇宙の中を静止しているかのようだ。時間係数が限りなくゼロに近づいている。無音で闇に浮かぶ一つぶの小さな明かりの舟・・・父さん・・・さっきは時間の話だったよね、思い出した。じいさん先生に習った大昔の歌だ。
昨日といひ けふとくらして あすか川
流れて速き 月日なりけり
父さん、この歌は「古今和歌集」という歌集の冬の歌、春道列樹という平安時代の人が詠んだ。昨日、けふ、あすと、時間の流れが速いんだって。時間は過ぎていくほどに速くなるんだって。まるで「向かい来る矢のように」と先生はお話してくれた。
月と日が交替で時間を告げて、昔の人たちはその直線時間の中で暮らしていたんだね。僕たちの時間とは全然違うけど僕が調べたその頃の地球の時間も素敵だな。真っ直ぐ 川の流れのように、あっという間に、そしてゆっくりと流れて・・・和歌、物語、その中に止まっている時間。父さん。ここには「矢のように」流れる時間が絵のように止まって見えるよ。
行き暮れて 木の下陰を 宿とせば
花や今宵の 主ならまし 平忠度
行き暮れて・・・大変だったんだ。昔の旅は命懸けだったということも先生に教えてもらった。病気や飢え、盗賊、狼など旅の一日一日が命懸けであったし、その旅の一日の中で平忠度という人はこんな歌を詠んだんだ。でもなんか憧れる。全て調和時間のなかで予定通り過ぎていくよりもね。僕たちは疲れることさえ知らない。僕たちが眠るというのはただ時間を止めることなんだ。命の時間をね。エネルギーの節約だ。彼らのゆっくり歩く旅。金色の兜の前立てに月光を反射させながら、武者が愛馬と一緒に歩いて歩いて・・、くたびれ果てて・・・そんな時に花の下をお宿に見立てているんだ。花が主人としてもてなしてくれる。ふ〜ん。桜の花が降りしきるなかかな。桜の花びらが散る下でその香りに包まれて眠りにつく。そう月が照らしてないと似合わないね。みんな月が照らしている。
忠度という人のこの歌、のちの世に「青葉の笛」という歌にも描かれている。父さんが戻るまで目を閉じて眠りながら物語や歌を見てみるね。