時を越えて旅すること
西暦3575
想像してごらん、と父は言った。これから1000年後をと。
舟の透明の天蓋に真っ暗な宇宙がどこまでも続く。僕達の舟は静かにそのなかを航行している。遠くにsombrero-galaxyがぽつりと孤独な瞬きを送っている。舟の中で飽き飽きした僕に父が語りかける。
「お前が生まれてから今までの時間、これからの一千年の時間、どちらが長い?」
「知らない・・・」
僕は迷ってそう答えた。まだ十年しか生きていない僕には時間の本当の意味はわからない。
「じゃあ」
と父は語りかけてくる。
「楽しい時間とつまらない時間」
「寂しい時間と心温かな時間」
「悲しい時間と嬉しい時間」
「同じ時間だがどう感じる?」
・・・この一時間にもう一つの恒星を通り抜けていた・・・
そうか!並べてみるとわかるんだ。時間はその時の僕の心の姿でもあるんだ。
「わかったよ父さん。これからの一千年もあっという間だ!」
僕たちの舟は光の点となって無限の黒い空間に静止しているかのように、まだ幼かった時にドーム第378都市古代図書館で見た「本」をめくるあの感覚のように、次の世界へと、ページをめくるように滑ってゆく。
父は微笑みながら話してくれる。
「想い出したんだね。おまえと過ごした時間。」
そこには森も林も、山や川や海も用意されていてよくお父さんと遊びに行ったものだった。ただ、ドームだけは必要だった。そこには家族という存在も用意されていた。僕はいろいろ思い出していた。学習エリアでのこと。あれは三歳を過ぎた頃だった。地球という名の星を作りたいと言ったこと。自分の学習ブースに座るとすぐ自分のイメージから浮かんだ先生が現れて教えてくれる。僕の先生は白髪で顎鬚の立派なおじいさんだ。あるとき先生からの宿題がでた。
「自分の好きな星を作ってごらん」
先生は長い顎鬚を指でいじりながら言った。僕はすぐ地球を作りたいと言った。
「ほう地球が面白いのか君は、人類が昔に壊した星だよ」
じいさん先生は笑いながら、しかし目に少し悲しげな光を浮かべていた。
自宅ブースに戻り僕は地球の西暦2820年のデータを選び試行錯誤してデータを引きだしながら地球の姿を目の前のデータ空間に再現して行った。茶色いなんの変哲もない岩の塊のような星が現れた・・・学習ブースに持っていき、これ、地球じゃない。と先生に言った。
その年代データじゃそうなるよ。と先生は言った。
それは僕が父から教えられた地球じゃなかった。朝日を浴びて青く輝く水玉のような地球ではなかった。あれは地球じゃなかった・・・と父に話すと父は言った。
「お前に教えた話を覚えているかい。大昔の人々が愛したたくさんの物語を・・・」
そうだ、僕はそのお話で地球を作りたくなったんだっけ。大昔のお話。お父さんのそんなお話に夢中になった僕は、どしてもその本を音声やデータではなく、当時の本と読んでいた書物自体を読みたくなって先生に古代図書館に連れて行ってもらったのだった。電子ブースに座り、無数にあるといってよいデータの中からお父さんに教えてもらった日本という国のお話を脳に再現していった。そして選んだ電子データから司書さんに再生してもらった紙でできた絵本や物語・・・その紙の匂いや手触りにドキドキしながら読みふけった。その中で僕は『竹取物語』に一番夢中になったのだ。僕はそのなかで貴公子になってみたり翁になってみたり帝になってみたり楽しかった。僕はかぐや姫を自分に迎えたかったのだ。どうしたらきてくれるかな。あれこれと姿を変えてはかぐや姫に来てもらおうとした。幼かった僕の心を夢中にしたかぐや姫の物語。でも彼女は満月の夜に帰って行ったっけ。そのとき僕は美しいという言葉の形を一つ心に見つけた。そして去ってしまった後の寂しさを、いやそれは寂しいというのではなくてあはれという言葉で表すのだと後で知った。百も千もの古びた物語・・・
「そら」
あっちの方角をと父は指さした。あの方角に地球がある。お前のひい爺さんのころは今の千倍の時間をかけて航行していた・・・。
「あ、千倍の時間と今の時間どっちが長いって聞くの?」
「いやもういい。お父さんもそろそろ寝なきゃな。お前も寝なさい」
僕は目をつぶった。始めに青々とした竹林が閉じた目に映った。満月が煌々と照らし竹の葉はさらさらと鳴いた。僕は久しぶりに月の舟に乗っていた。傍にはかぐや姫の輝く光の姿があった。いま、僕らは無数の星ぞらの間に漕ぎ出てゆくちいさな光の点であった。「本」の世界が脳のなかに溢れてくる。星の明滅のように次々に場面が映ってゆく。僕は次第にぼうっとしてきた。
一面の菜の花
一面の青空
一面の花
一面の
砂漠
砂