此の時、以仁王の宮は御歳三十二になられていました。
小侍従独白
ゆめなるかゆめなりしか。われ若きころ幼き宮以仁王様に筝をお教え奉りぬ。かわゆげなる御指にて弾き給ひきよらかにお笑ひ給ふ。懐かしきあまりにも懐かしき御姿思い出すにもあはれなり。
光しろく風に雪のかをりぬるここちする、わが身あるかなきかのこころもとなきに
この身をばつなぎ給ひし頼政様。みとせのちぎりなれども、まことの歌まことの心そのおほきなる御身体とともに老ひてもなほまことをうしなはざりし。いま風清く光あまたなり。かたじけなき御おもひののちの今なり。
頼政様
思ひやれ君がためにと待つ花の
さきもはてぬにいそぐこころを
かへし
逢ふことをいそぐなりせばさきやらぬ
花をばしばしまちもしてまし
楽しき数々の歌のことの葉の目にもあやに舞ひ、花に舞ひ、風に舞ひつる日々嬉しかりけり。そうはしたなきことではあれどたへてわれより殿に奉った歌
とへかしなうき世中にありありて
心をつくる戀ひのやまひを
御かへし
いかばいきしなば遅れじ君ゆゑに
われもつきにしおなじやまひを
また、われ五十九にて山にはいり墨染の身となりしとき 殿より
我ぞ先出づべき道にさきだてて
したふべしとはおもはざりしを
かへし
遅れじと契りしことをまつほどに
やすらふ道もたれ故にぞは
思ひいづる燃ゆるがごとき紅葉の赤く染まりてこころもがもが、いまはただ墨衣の我はかくるべし。木々の深山のその山里に・・・
ゆめなるや。ゆめなりしか。我におくるることわずかにして、源頼政様は治承三年十一月二十八日に御出家あそばされて、あくる年の挙兵であらせられました。
此の時、以仁王の宮は御歳三十二になられていました。
小侍従独白
ゆめなるかゆめなりしか。われ若きころ幼き宮以仁王様に筝をお教え奉りぬ。かわゆげなる御指にて弾き給ひきよらかにお笑ひ給ふ。懐かしきあまりにも懐かしき御姿思い出すにもあはれなり。
光しろく風に雪のかをりぬるここちする、わが身あるかなきかのこころもとなきに
この身をばつなぎ給ひし頼政様。みとせのちぎりなれども、まことの歌まことの心そのおほきなる御身体とともに老ひてもなおまことをうしなはざりし。いま風清く光あまたなり。かたじけなき御おもひののちの今なり。
頼政様
思ひやれ君がためにと待つ花の
さきもはてぬにいそぐこころを
かへし
逢ふことをいそぐなりせばさきやらぬ
花をばしばしまちもしてまし
楽しき数々の歌のことの葉の目にもあやに舞ひ、花に舞ひ、風に舞ひつる日々嬉しかりけり。そうはしたなきことではあれどたへてわれより殿に奉った歌
とへかしなうき世中にありありて
心をつくる戀ひのやまひを
御かへし
いかばいきしなば遅れじ君ゆゑに
われもつきにしおなじやまひを
また、われ五十九にて山にはいり墨染の身となりしとき 殿より
我ぞ先出づべき道にさきだてて
したふべしとはおもはざりしを
かへし
遅れじと契りしことをまつほどに
やすらふ道もたれ故にぞは
思ひいづる燃ゆるがごとき紅葉の赤く染まりてこころもがも。いまはただ墨衣の我はかくるべし。木々の深山のその山里に・・・
ゆめなるや。ゆめなりしか。我におくるることわずかにして、源頼政様は治承三年十一月二十八日に御出家あそばされて、あくる年の挙兵であらせられました。