pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想13

 

 

源頼政独言」


治承四年皐月二十五日深更
園城寺山門の波打つ木立の梢の先に瞬く数知れぬ星ぼしの明かりの鳰の海に降りしき、ときおりの風が一対の大きなる篝火をいっそう巻き上げ、焔のはぜる音が響きけり。

焔よ。
奥深い忿怒の相貌か
火生三昧紅蓮の焔か
不動明王よいかなる明王か。
いまわが胸に一つの翳りだになし。

刻々と時の過ぎゆくときに園城寺の僧どもの詮議などはや無用なり。清盛のそっ首頂戴すべき時機ははやうしなへり。仲綱のときどきの詮議模様の知らせもすでにむなし。わが過ぎにし幾歳の空しきうちにくらぶればこれぞ平氏暴虐の長きに耐へての、望みし最期なり。

疾い餓え苦しむはての民は縷々たる骸となり、骸をいたるところ放置せる大路。都を出づればなほ数知れず草葉の下に呻き声もなく、うつし世の地獄絵図のむごきこと限りなし。
公卿平氏ただ私欲を充たすのみ。

我独り昇殿勅許賜り位階昇進を望みしはそれこの時を待ちしがゆえなり。いや更には待てぬこの今のわが朽ちかけしいのちなり。宮を奉りて源氏再興の魁ならんと捨石ならんと欲す。

焔いよいよ高く舞い上がり
火の粉は夥しき蛍火のごとく宙を舞ひ
漆黒の参内の闇に
不動明王の顕れしか。

深紅の焔よ
たぎり湧きたつ紅蓮の焔よ
暗黒の闇を燃やす
白熱の焔よ
わが過ぎにし生を燃やせ。
わが全ての罪深き所業を燃やせ。

おお、五月二十一日の都のわが屋敷の燃え立つさまのそも見事なる大火焔
ごうごうたる焔の夜を焼尽すいきほひにわが身のふるえおさまらざりし。
わが生は決しけり。ながき忍びし七十死地の生なりけるもいま時いたり。
やうやうにわが死すべきときを得たり。わが生はやうやうに死地を得たり。

不動明王
深紅燃え立つ焔よ
ごうごうとたぎり湧きたつ紅蓮の焔よ
死を咎すべき地獄の焔なるや
生を浄めんとする涅槃楽土の焔なるや。

ごうごうとたぎり湧きたつ紅蓮の焔の
空を裂く響きよ。
いや、わが眼前の篝火に映りし
その響き都炎上の幻をみてしか。
いやわがまぼろしのかげ。

風の木立を揺するおと
篝火のはぜるおと

この風ははるばるに都から吹き寄せ神の湖をば吹き渡らんかぜなり。すずやかなるやさしきかぜなり。懐かしき風なり。風にのりてかすかにきこえしは小侍従秘曲の筝の調べなるか。よしもなしまぼろしのしらべなり。

おお

はるかにきこゆる月下の湖水に滑り落つる筝のおと玉よ。満月は湖にあまねく影をみたし闇に浮かびし巨きなる月の鏡。吹き渡る風よ響きわたる筝のおと玉を運べ。

是非もなしわが心の奥に宿りし小侍従秘曲の筝の調べよ。なつかしの音よ懐かしのひとよ。そはわが死に出の手向けならんか。

   人はいさあかぬ夜床にとどめつる
          我心こそ我をまつらめ

わが生にすくなき甘きまことのあわせし歌なり。
わが生のまことの知られることの少なきにその夜をしのびし後朝の歌なり。
わが心をしのびし歌なり。
秘曲の琴の調べもていざ死に出でん。
はや
暁もまじかにぞ
篝火よ
わが刹那のおもひをうかびせし篝火よ

はやに燃え尽きよ
白き灰すら残さぬほどに

湖上の満月が沈むまえに
月のかげとともに
ただひたすらに燃え尽きよ
我ともに燃えつきよ。

平家大軍のすでに間近に押し寄せんと知らせあり。
わが君は既に無事平等院にお入りあそばされしとぞ聞く。
さあ残りし我が息子ども郎等たちよ、平等院へ共に参らんぞ。

 

 

 

 

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