pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想41

 

 朝、雨は上がり水色の空が見えていました。

 

 堀景光さまに見送られながら、草にしたたる露を踏み分けて泊りまで歩きます。文徳さまは荷車二台に昨夜の調理器具や残りの食材などを乗せ、お店の若い使用人四人と一緒に運んでいらっしゃいます。見るからに幼い子も一生懸命荷車を押しています。

 

「文徳殿、昨夜はまったく馳走になった。福原の店は閉めておられるのか」

と競さまがお尋ねになります。

 

「はい、調理人は私一人なので店は閉めてまいりました。ただ、荷車を牽いている、ほら、あの子に調理を教えているところです。大変呑み込みが早く、まもなく店を譲るつもりです。残りの子らも一緒に働きたいと申しておるので安心です」

 

「そうであったか、しかし博多では文徳殿ともう一人の二人でなさっておられたとか、繁盛なさっている様子、何よりじゃ」

 

「そうです、ありがたいことです。資金も十分貯まりました。四人は福原に店を構えて以来店に来た子たちです。四人とも皆ばらばらにやってきたのですが、彼らを連れてきた人は同じです」

 

「同じとは・・・まさか人買いからではあるまいな」

「あはは、まさかです」

「いや失礼なことを申した。都にまで人買いが出ておるという話をきいておるでな。食うや食わずの親が涙を呑んで我が子を売るそうじゃ。いや、失礼した」

 

 その話をお聞きして私も胸が痛くなりました。もしかして、羅城門の外で出会った白拍子たちも・・・

 

「いや、大事なお話です。悲しいかな、我が宋にもそんな輩が横行しております。ばれれば極刑なのですが・・・」

 

「して、その、同じ御仁とは」と兼綱さまがお聞きになりました。

 

「まもなく泊りですから、その話はまた舟で。結構おかしな話ですので」

 

視界が一気に広がります。これが難波津・・・王仁博士のお歌はもちろん、広々となんて気持ちの良い眺めと康忠様に申しますと、いやいや、予定では明日福原から瀬戸内に出ればはるかに広い海が広がっておりますよとお教えくださいます。

 

「姉上は何から何まで初めてじゃからのう、驚かれることもたくさんありましょう。心の臓をお強くしてもらわねばなりませんぞ」

 

 舟着き場で用意された五隻の舟に分かれて乗ります。前二隻は寺江に下った時と同じ組合わせに加えて文徳さまが私どもの舟、あとの三隻が文徳様の使用人の方々に荷物を載せます。

 

 ああこれが潮の香・・・海の青・・・葦をかきわけてゆっくりと漕ぎ出します。きらきらと輝く波、風が歩き疲れてすこし汗ばんだ肌にとても気持ちよく感じます。

 

「さて兼綱様、先ほどの話の続きですが」

文徳さまがお話を聞かせてくれます。

 

「ふむ、おかしな話とか」

 

「はい、福原に店を開いた頃でございます。店は始めから宋の商人や船員たちで賑わっておりました。朝から夜遅くまで私ともう一人の二人でやっておりました。店を開いた年が一番大変な時期でした。そんなある日の昼下がりのこと、一人の男が店を覗いておりました。入るでもなく覗いては引っ込み、また覗き込んで・・・私もてんてこ舞いの忙しさなので声をかける余裕もありませんでした。身なりがどうも乞食に見えるような貧しい姿、物乞いかとも思いましたが相手をする時間などありません。そして翌日もその次の日もその人が同じように来るのです。小柄でやせた男です。私は彼を手招きして店に入れました。そして粥をふるまってあげました。彼は「うん、これは美味い」と喜んで何杯もお代わりしました。そして「貴公は日本語がわかるか」と聞いてきました。ある程度わかりますと答えると、「そうか、実は貴公に頼みごとがあっての、それで来ていたのだ。店の様子も知りたいしな」それで、その用向きとはとお聞きしますと、「今これじゃゆっくり話もできぬ。店が終わってからまた来よう」と出ていかれました。乞食にしては物腰が堂々と貫禄さえ感じます。襤褸の衣を一枚被り髪もぼうぼう、身なりはまさに乞食同然なのですが、表情は締まり眼光も涼やかです。なにかあるな、と興味が湧き、夜店を閉めると奥の部屋で待っていました。亥の刻さがり彼が子供と二人でやってきました。

 

「すまぬのう、疲れ切っておろうが。まことに申し訳ない。が、腹が減っては話もできぬ」

 

 そうだろうと分かっていましたので、料理の残り物ですが取っておいたのをお出ししました。やはりパクパク、子どもと一緒に残さず食べました。そして実に率直に話を切り出しました。

 

「まったく貴国の料理は美味いものじゃ、はやるわけだ。いや、わしはな、お貰いに来たのではない。実はこの子を預かってもらえんかと思ってのう。わしは旅をする乞食じゃが、この前、備中を歩いておるとこの子が人買いに連れられておった。目が合ったが光もなく沈み切った目だ。当然だな。わしは人買いだけは許せんでのう。おい、その子をわしに預けろ、と言ってやったら人買いの奴、目をひん剥いて殴りかかってきおった。仕方ない。奴の印堂を小突いて気絶させてこの子を連れだしたわけじゃが、親が子を売るといっても金を借りた形になっておってな。直ちに違法だと断罪するわけにもいかん。親元に返せれば一番じゃが、そんな理由で無理。戻した途端にまた連れていかれる。で、わしと一緒にここまで来たのじゃ。名前は犬丸じゃ。どうじゃ」

 

 乞食が子供を助けるとは・・・こんな乞食がいるのかと私は内心驚きました。

 

 

 

写真 吉野

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