pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想56

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 賑やかになりました。次第に座もくずれ、あちこちで盃が交わされています。文祐さまも徳利片手に回っています。おチビちゃんたちは輪になって食べるのに夢中のようです。皆さま先ほどの今様の話で盛り上がっていらっしゃいます。

 

「日本の今様と呼ぶ、これは詩ととらえて良いのかな」

 蔡さまが文徳さまにお尋ねになります。

 

「いや、私も今様は初めて聞いた程度です。我が国の詩とはまったく形式が違いますが・・・しかし、自分の胸の内に熱せられた情や知をあのように詠い上げるというのは、まさしく詩の心、同じです」

 

「しかし、我が宋にはかような恋心を激しく訴えてくるものは知らん。どうであろうかの、文徳殿」と侃さまがお尋ねになります。

 

「じつにその通りです。侃様。我が国において恋を詠う詩はわずかなもの。日本の、しかもあのような真情そのままを詠いかつ舞いと併せてとは私も感嘆しました。美しい。そして心を激しく揺さぶります。ただ僅かながら我が国の詩、例えば陶淵明の『閑情賦』などは殆ど赤裸々な情を表しています。閑情の賦と題しながら内容は真逆。願はくは衣にありては領と為り 華首の餘芳を承けんとか、この願はくはがなんと延々と十一聯も続くのです。

 つまり貴女の着物の衿になって首筋の匂いを嗅いでみたいとか、貴女の沓になって素足で踏まれたいとか。この襟とか沓の句だけ読むとまるで変態のようですね。しかし陶淵明はその十一の聯によって、貴女の周りのすべてとなって貴女を愛し労わりたいという情を描いているのです。なかなか田園詩だけでは理解できない懐の広さを持った詩人です」

 

「なるほど、彼の詩は帰去来の辞や桃花源記などの田園賛美の姿だけではなかった」

競さまが頷いておられます。

 

「なんとも直情的な詩ですな、陶淵明の詩とは驚きました」と源兼綱さまも仰いますが私も同感です。

「我が日本の和歌では部立と読んで、題ごとに歌集がまとめられておりますが、その大きな題に恋の部、相聞歌の部立があるくらいに男女や家族間の恋や愛が詠われております。貴国との違いの一つでしょうか」

 

「そうですね。我が国では・・・なにせ孔子以来の儒教が・・・詩経に詠われた恋も彼らによって教訓詩になってしまうくらいのですから。思想的な詩や自然観照などでの情の表現は得意なのですが、おそらく日本の方々の言葉の姿という理由もあるのでしょう。やわらかな言葉、漢語と仮名の文で、情が表現しやすいのでは」

 

 固いお話になりましたが、その後は、仲光さまや清親さまなど若い方々が標的となって歌垣やら恋文やら宋の方々を交えてもり上がっていました。歌垣、そのような風習は宋のお国にもあるとお聞きしました。若い人たちの世界は同じなのですね。そのうち私にも矛先が向けられて恋の歌を数首詠みあげました。その一首

 

     君恋ふとうきぬる魂のさ夜ふけて

             いかなる褄にむすばれぬらむ

 

 この歌、浮きと憂きとの掛詞と、着物の褄に結ぶことが魂の彷徨いを防ぎ貴方への恋を結ぶのです、とお話しますと皆さまご了解くださいます。また我が国の習俗としてまだ見ぬ方へ初めにこのような歌のやり取りをして、心がかよいあって双方恋路が開けるのですと説明すると、宋の方々は皆さま驚きます。会わずして恋が歌のやり取りだけで開けるとは驚かれたようです。「会う」「見る」となると、それは恋の成就。そうご説明するとまた驚かれます。なるほど、だから日本では和歌が国民的な詩歌になっているのだと納得なさる方もいらっしゃいます。恋は世界共通なのです。ただ、その在り方や姿に違いはあるでしょうが。ああ、「恋とはなあ!」あの謹厳実直な兼綱さまのお声、康忠さままで口角泡を飛ばして宋の方々と議論なさっていらっしゃいます。なにか可笑しい。文祐さまもにこにこしながらお聞きになっています。あらら、小さな弟さんたちが文祐さまの肩に飛びついたり膝の上に乗ってきたり・・・楽しい光景で話は続きました。

 

 

 

日向見川