pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想70

 

 黄山号はゆっくり夜明けの海を進んでいきます。黒い島影がくっきりと輪郭を現し、空は茜色から次第に青く明るく開けて、潮風が心地よく頬をなでています。居並ぶ方々は厳しいお顔で真っ直ぐその夜明けの海を見つめていらっしゃいます。

「そろそろかの、兼綱殿」

そう康忠さまが仰いますが私には意味がわかりません。

「いや、まだであろう。いま無口島あたりを過ぎておるが、昨夜の平家水軍の将の話を聞いた範囲では賊が出没する海域はまだ先、まずは北木島と白石島あたりであろうかのう。まあ賊はいまはめっきり少なくはなったので、さほど心配なさるな。そんな話だったな。」

 賊・・・海賊のことですね。時々その噂は聞いておりました。この美しい海に海賊とは似合いませんが、今から二百年ほど前のこと、紀貫之さまが土佐守の任を終えて帰京する際に

「卅日。雨風吹かず。海賊は夜ありきせざるなりと聞きて、夜なかばかりに舟をいだして、阿波の水門を渡る。夜なかなれぱ、西東も見えず、男女からく神仏を祈りてこの水門を渡りぬ。」

 と御日記にしたためていらっしゃいました。海賊を避けて暗闇の夜に小さな舟で漕ぎ出でることは海賊に出会うのと同じくらい不安だったでしょうに、それほど恐ろしい海賊だったのです。私もふと我に返り現実の恐ろしさに身体がこわばりました。

 

「ああ、小侍従様、怖がらせてしまいましたが案ずるに及びません。李船長も、いや宋船の方々はみな海賊対策の上で航海なさっています」

 

「もちろん、ご安心ください。さすがにこの巨大な黄山号に襲い掛かる海賊はめったにおりません。たまにおりますが船員たちもおとなしいわけではありません。一旦戦火を交えれば海賊より怖い連中かも」李船長は笑いながら安心させてくださいます。

「ましてや今回の旅では源氏選りすぐりの武将がいますからな。音に聞いた源氏武者の武者ぶりを実は拝見したいものですよ」

 

「いやいや。我々五人では。しかしいざとなれば死力を尽くしお守り申し上げまする。ご案じめさるな。実は父、頼政から海賊の話も注意されております。今回の小侍従様警護のお役目頂戴のおりです。

ー我々源氏は瀬戸内の海の民については甚だ経験も知識もない。平氏の水軍が瀬戸内警備に就いているが実際我々にはいかほどのものかもわからぬ。万が一にも小侍従様を危険な目に遭わせてはならぬ。わが面目に懸けてもお前たちはお守り通すのじゃー

 

 いやはやこの時の父上の顔ときたら海賊も震え上がるのではと思うほど怖いものでした。いかに小侍従様を愛しておられるか、ひしと諒解した次第、ま自分が同行できなかった無念が顔にあふれておりましたな、あはは」

 

またそんな話を・・・兼綱さまは大声で私の不安を笑い飛ばします。恥じ入っている私に李船長も、

「ふむ、頼政様とかなかなかの大人物とお見受けした。愛する女性に精一杯尽くす男こそ男よのう。お、愛するという言葉、兼綱殿の口からであったな。なかなか聞けぬ言葉よ、あはは」

と大きな身体をゆすって楽しそうです。みんな私をダシにして。

「いやあ、実は私はこの旅で愛という言葉に目覚めましてござる。ひとえに小侍従様のおかげでございます」

「そうそう!兼綱殿の日ごろのお言葉とは思えませんでした。そういえば宿で愛についての激論も交わされてましたな。私も大いに勉強になり申した」

競さままで・・・

 いつの間にか弟の成清が後ろで聞き入って笑っています。

 

「海賊とかの話でしたな、儂も何度か遭遇しましたよ。大概は同乗した平家の武者たちに追い払われましたが、しつこい。交易船の場合は乗っ取れば莫大な富が手に入る。十数名ほどの小舟に乗って何十艘だったか押し寄せて船べりに網や綱をかけよじ登ってきますからな。たまにやられた船もあると聞いておる。しかし連中も命は惜しい、相手を見て敵わぬとなれば退散しますよ。まあ儂の場合は儂が石清水八幡宮の者と知れば手出しはせんかったな」

 

「なるほど、では成清殿に船の先端に立っていてもらえば心配ない」

 

 一同爆笑です。

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