pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想71


 風を受けてゆるやかに帆が張られ、黄山号は青い鏡のような海の上を滑るように進んでいきました。すっかり明るくなった空の下に遠く島々が瑠璃色の輝きで浮かんでいます。
 無口島を過ぎ朝日に照らされた大海原が広がります。椅子をご用意いただいたのでずっとこの景色を眺めていたいのですが、お茶の用意ができましたと周さんに告げられ船室に戻りました。つわぶきがいません。つわぶきさんは子どもと出かけられましたと教えられましたが、彼女はもう子どもたちと一緒になって遊んでいるのでしょう。それもまた彼女の大切な役割と納得します。

 お茶のあと寝台に横になってみました。この完全な個室と寝台というもの実に良いですね。そして窓の外は青空だけ。吹き込む風が天蓋の白絹を時おりふわりとなびかせたり。ああ、光と風、そしてゆっくり波に揺られている心地よさ・・・なんともありがたい事です。枕元にはいつも唐三彩の娘がいます。

 まだ昼には十分時間がありますのでひと眠りします。瞼を閉じたらそのまま眠りにつきました。疲労感はあっても、なんの屈託もなくすぐにこころよく眠れる幸せ・・・旅に出て、福原のお宿、つまりあの湯屋にお泊めいただいて以来ずっとかような眠りをいただいているのでした。

 そしてその眠りはひと時ほどにして終わりました。
どかどか走る音が響いたと思うと扉がばたんと音をたててあの菊丸が駆け込んできたのです。

「小侍従さま!まだ寝てるの?」

 後ろからつわぶきがはあはあ息を切らしながら追いかけてきます。

「小侍従さま!申し訳ありません!」

 菊丸の天真爛漫な愛くるしい笑顔と、眼を見開いて真っ青なつわぶきの顔・・・思わず吹き出しそうになりました。

「ちょうど良い時間に起こしてくれましたね、菊丸。つわぶきは今までこの子たちと遊んでくれてたのですね。ありがとう。いまどのあたりでしょう」

「前方に大きな島が並んでいます。文徳さまのお話では白石島や北木島近くだろうと」

 ああ、もうそんなところまで。菊丸やつわぶきの様子では海賊の姿はないようで安心です。相変わらず窓から差し込む日差しは眩く、二人の顔がつややかに光を放っているように見えます。あともう少しで鞆の浦です。船長さんのお話では鞆の浦には休憩と補給のために寄港するとか。潮の流れの境目にある鞆の浦は、昔より潮の満ち引きを待つ船が集ってきた潮待の港として有名とお聞きしました。

 

     我妹子が見し鞆の浦のむろの木は
             常世にあれど見し人ぞなき

     鞆の浦の磯のむろの木見むごとに
             相見し妹は忘らえめやも

私の好きなお歌として、鞆の浦に因んだ二首、ともに大伴旅人さまのお歌として万葉集に収められています。亡くなられた妻を偲ぶお歌。むろの木の印象がよほどに強かったのでしょう。その鋭利な細い葉に大伴旅人さまの心が刺されて血がにじむような慟哭が聞こえて参ります。私が亡くなっても、私などにそのようなお歌を詠んでくださる方はいらっしゃるでしょうか。鞆の浦に因んだお歌として、瀬戸内でも有数の美しい姿と聞く鞆の浦になんと鮮烈な対照を感じさせてくれることでしょうか。

 


写真 借り物

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