pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想69

 

 

 まだ星の煌めきが残る少し肌寒い朝黄山号は出港しました。子どもたちがまだ寝ているので起こさないようにと静かな出港です。李船長が昨夜航海長始め主だった方々に打ち合わせした通り、船長はじめ船員さん正確に動いていらっしゃいます。両舷の櫂が静かに波間に刺さりゆっくりと寸分の狂いもなく漕いでいきます。目指すは鞆の浦です。児島泊りが後方に夜明けの光を受けながら浮かんできます。

 

「号令なしの闇のなかの出港は昔戦争の頃に経験しただけですから緊張しました。昨日雇い入れた日本人の水先案内人と航海長、操舵手など、港湾図を睨みながら打ち合わせしましたが、もう大丈夫」

 李船長はにっこり微笑んで仰います。兼綱さま康忠さま競さまも李船長の周りにお並になり頷いてらっしゃいます。兼綱さまが李船長に話かけます。

「なるほどなあ、羅針盤もある。湊の海図もある。位置と方角を知れば星の位置だけを頼るよりはるかに正確に闇夜の出港も可能だな」

「さようでござる。しかし、さすがにこの港と多島海は、そう、これから一層島の多い海域を進むわけですが、やはり水先案内人が必要です。児島泊りで雇った水先案内人は名を勘助と言いますが、瀬戸内の海を熟知しておる者で我々宋船の大きな助っ人でござる」

 ああ、昨夜の宴席で静かに盃をあおっていた白髭のお方。子どもたちに海のお話をせがまれてにこにこ教えてましたね。潮風に鍛えられた褐色の肌がご老人には思えぬ精悍さを感じさせました。そうそう、昨夜のことと言えば、あのつわぶきが船に戻った子どもたちに食堂で物語を聞かせていました。竹取物語。文祐さままでお聞きになっておられました。

 

 今はむかし~、竹取の翁といふ者、ありけり~。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり~。名をば、さぬきの造となむ言ひける。その竹の中に、もと光る竹なむ、一筋ありけるや~。あやしがりて、寄りて見るに、筒の中~光りたり~

 

つわぶきの熱演でした。両手を広げその手振りもまたお話の延長です。抑揚も間の取り方も堂に入った話ぶり。声は若々しい透き通るような艶を持ちながら、翁や嫗の声音を使い分け、五人の貴公子までそれぞれの特徴を演じ切ります。私もつい引き込まれました。昔、幼いころに母に寝物語で聞いて以来でした。楽しくて幾度も幾度もお話をせがんだ思い出があります。懐かしい・・・するといつの間にか文徳さまも子どもたちと一緒に手を叩きながら聞き入ってらっしゃいます。

 

「ねえ、つわぶき~、ゆだいじんもさ、嘘ばっかりついて、すぐばれる。ゆだいじんのあべさんっておバカなの~?」

火鼠の皮衣の段では雪丸という子が我慢できずに尋ねます。

「そうね、なんでも思う通りにしたいから、すぐばれる嘘ついて騙すなんて、やっぱりお大臣のあべさんておバカさんよね~」

 つわぶきはケラケラ笑いながら話を進めていきました。終盤の頃になるとみなし~んと静まり返って聞き入っています。帝という一番偉いお方さえ手の届かなかったかぐや姫、月の世界に舟で帰っていくかぐや姫・・・「まづ、物語の出で来はじめの祖」と源氏物語でも呼ばれていた竹取物語

 

お話が終わり子どもたちは部屋に戻りましたが、一番幼い菊丸がつわぶきに抱っこして眠っていました。「小侍従さま、文徳さま、今夜は菊丸と一緒に寝ても宜しいですか」とつわぶきは愛おしそうに菊丸を抱いたまま部屋に戻り、自分の寝床に運び一緒に寝てしまいました。私は二人の安らかな寝息を聞きながら眠りに落ちたのでした。

 

 

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