pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想16

f:id:pakin:20201225050636j:plain

 

寿永三年二月四日                        

 我が一門が厳島神社への納経の栄華からこの都落ちよ。随分長き月日の経ったように思えるし、また一瞬の出来事のようにも思える。思えば木曽義仲殿の倶利伽羅峠での奇襲策によって我が軍は一挙に崩壊し太宰府まで後退せざるを得なくなった。その後わが軍の知略もあり水島で大勝しふたたび西海を取り戻した。この福原の地は今は亡き義兄清盛が海洋国家として我が国を立て直さんと新たな都として築いたところである。いま義仲の手で焼亡させられた福原の一の谷まで戻ってきた。敗れたる城は面影なく春浅きにして草木未だ萌えず、月影のみ冴え渡る。

 

 様々に思いめぐらすに、まずは源頼政殿の天晴れよ。文字通り捨て身の頼政殿蹶起にまことこの平家はしてやられたわ。頼政殿、平和な世はこの末世に臨むべきもなしか。我ら滅ぶべき非道をなし、天に見放され、今は我、武門の誇りにかけるのみ。頼政殿、貴殿の優れたる歌の数々もお見事でござった。貴殿が平等院でお亡くなりになった時、思わず涙がこぼれそうに成り申した。ご老体でありながら貴殿は見事に武門の誉れを花を得られなさった。しかし、己は貴殿と歌を心底語り合いたかったのだ。

 

 いや、その本心とともに、そう、思い出したが、貴殿が愛しなされた小侍従、彼女はまた歌も琴も類まれなる美しさ、巧さであった。己もまたその抗いがたい魅力に囚われた一人であったが・・・

 

 そう思いを巡らせているとき、ひとつの思いが、この一の谷陣営の篝火の焔の明かりのもと、わが胸をよぎった。ゆらゆらとわずかに影を揺らす燭台の炎よりも、几帳の隙間から漏れ来る月明かりが薄青く小侍従の顔を照らしていた。思い出す。わが腕にかき抱かれた小侍従の顔は美しく若やいでそれは二十歳の娘ほどにも見えたのだった。

 小侍従の和琴の調べは自在の天の歌の如くであった。そは紅葉の賀に添える天の曲であり帝も御涙を浮かべ給い、降り落ちる紅葉さへその調べに舞うのであった。光源氏の物語もまたかくあるべきか・・・また、小侍従の詠む当意即妙の歌は聴く者の心をおどろかせ、その歌の心は鬼神をも涙あふれさせるほどであった。人づてに伺う小侍従の面影に、その音曲に、歌に若き私は夢中の日々を過ごした。そして天に通じたのか想いが叶ったのは、わが二十二の時であった。

 

 鳥の音をしばし待ちみよ冴ゆる夜は
        霜にもあへず鐘もなるらん

 恋ひ死なむ後の世までの思ひ出は
         しのぶ心のかよふばかりか

 それからすでに二十年近い歳月のまぼろしが今、目の前の篝火に映る。源氏物語「篝火」の巻の歌が浮かぶ。

   篝火にたちそふ恋の煙こそ
       世には絶えせぬほのほなりけれ
                
小侍従は先年すでに出家をはたしている。 
源氏の大軍勢の陣も須磨の浦の我が陣営も静まり返っている。

 

篝火のはぜる音
浜の漣の音の静けさ
潮の匂いが風に運ばれながらも時は止まっている

頭上遥か
銀漢が道を白く浮かび上がらせ
その道は松林へと続いていた

黒々と横たわる松の林を抜け
砂浜へ出ると
星屑を散りばめたように砂は輝き
波は静かに燐光を漂わせながら寄せてくる

波のゆっくり崩れる音
白砂を踏む音
時折錚々と吹き吹きわたる松風の音

静寂がそれらを涙の瑠璃に包み
しばし戦を忘れようぞ

小侍従よ
いまはに
その琴の音を聴かせたまへ
朗誦の声音を聴かせたまへ


私は師、俊成卿に歌を託した
その、卿に受けていただいた御恩とともに
小侍従よ、そなたの思いも胸に、はやこの四十一年の我が生の思い残すべきことはなし

敵ながら天晴なる源義経の軍勢迫りたり
武人として死すべき時を前に
惨また惨のうつつよに
この朝露の命もまた天命なり
この安らけき我が胸中に漣は寄せては返す

見よ
海と天の境から
満月の光芒が湧きあがる

   行き暮れて木の下蔭を宿とせば
         花や今宵のあるじならまし

この一首 我が箙に結びぬ
最期の歌をわが身とともに

 

「薩摩の守忠度は、西の手の大將軍にておはしけるが其の日の装束には、紺地の錦の、直垂に、?絲縅の鎧著て、黒き馬の太う逞しきに、沃懸地の鞍置いて乘り給ひたりける」

 われも舟にのらんとて、汀の方に打ち出でしに後ろを見たれば、武蔵の国の住人に、岡部の六弥太と名乗って、六七騎が間追っかけきたり。この場は敵になりすましやり過ごそうとはかりたるが、見破られたからには存分に敵を打ち取ってのちこの死にざまを見せてやらん。

馬は砂を巻き上げ雑兵を蹴散らしいななけり・・・・・

 

f:id:pakin:20200325194037j:plain