pakin’s blog

主に創作を主体とします。ただし、人権無視の最たる原発問題や、子どもの健康や命を軽んじる時事問題には反応します。

竹取幻想77

「佐伯景弘殿はな、儂が知る限りその人徳に及ぶ者はおらんの。文字通り天空海なるお方での。彼の陰口は聞いたこともない。実際儂は何度か会っておるが温厚篤実。神に仕える者として佐伯殿ほど相応しい者はそうはおらん。ただひたすらに神様に仕え社を守ることのみの男だ。神主と言えど中には不届き者も結構いる。まあ世の中同じだが、彼と面すれば姉上もよくおわかりになろうて」

 

 佐伯さまは成清の申したとおり、空や海のようなお心の広く深い方でした。

「船に船員の方々が待機しているとお聞きしました。蔡様よすぐ、お連れなされよ。皆さませっかくここまでお出でなされたのじゃ、どうかご遠慮なさらずにともに神にお祈り申し上げましょう。異国の神などとご案じ召さるな。万邦、神は等しく我々人間を温かく抱いてあられるはず。厳島神は海の神、海は世界に通じていよう。皆さまの洋上遥拝も感激しもうたが、神様は海の安全をお守りくださるでな。宿所も我が厳島神社ほか大聖院などの寺の宿坊にもお泊りなされよ。なに神仏習合の日本じゃて気兼ねなくお過ごしくだされよ。寺の者共も私同様に皆さまを心より歓迎申し上げますぞ」

 

 万事悠揚迫らぬさすがの蔡様も両手を組んでお礼申し上げました。

「なんと有難いお言葉。いまのお言葉をいただいて我々遥々宋より参っておった甲斐があろうというもの。では謹んで佐伯様のお話をお受けいたします。李よ、皆を連れてまいれ」

李船長は踵を返して黄山号に戻り総勢63名の船員の皆さんをお連れしました。皆さんにこにこです。

 

「では参りましょう。皆さま私的なご参拝ゆえどうぞ肩の力を抜いてお祈りください」佐伯さまに案内いただいて、まず入口ちかくの客神社から順番に参拝します。

「こちらの摂社は天忍穂耳命天穂日命天津彦根命、活津彦根命、熊野櫞樟日命の五柱をお祀りしております」

 祓い所の前で、二礼二拍手一礼の作法に則って、並んだ順にお参りをします。その後、祓い串にて、自身の身体の祓いをします。社人の神主さまや社人の方々が皆さんについてお教えしています。おチビちゃんたちも見よう見まねでお祈りしています。

 

 造営されてまだ新しい厳島神社は檜の香りと潮風がまことにすがすがしく感じられます。回廊を歩きながら私はありがたさに涙がこぼれそうになるのをやっとの思いでこらえておりました。そのありがたさ・・・皆さまのお導きのありがたさ・・・そしてこの厳島神社にお参りできるありがたさ・・・様々な思いが交差します。そしてその東回廊をめぐりながらいよいよ御本殿に向き合った祓殿から拝殿へと上がり着座しました。御本殿にはすでに奉奠された米俵10俵酒樽五樽が置かれています。

 

「皆さま正面奥が当神社御祭神であらせます市杵島姫命田心姫命湍津姫命の神々です。宗像三女神様ですね」

 私は昨日の勘助さんのお話を思い出しておりました。女神が天女となり娘に姿を変えて子どもたちの前に顕れになられたとしたら、これほどありがたいことはありません。

 

「女神さま?女神さまだ!」後ろで子どもの誰かが叫びました。声は猿丸のようです。

これ、静かに!と文徳さまのお声がしましたが、船員の方々のくすくす笑う声も聞こえてきます。

 

「そうだよ、女神様だよ。よく知っておるのう」佐伯さまも笑顔でお話なさいます。

「三柱の女神さまはな。みんなの航海をずっと見守られていらっしゃったのだよ。無事にここまでたどり着けたものな。みんなよい子だから女神さまたちも航海の無事を見守ってくださったのじゃ」

 子どもたちは目を輝かせてお話を聞いていたとあとで文徳さまにお聞きしました。