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その宵は久しぶりに寛ぎました。使いの娘が運んできた夕餉は大宮の内では見かけぬものもあります。黒い器に緑色の香り高いお茶というもの、初めて見ました。その緑の細かな泡立ちが器に映えています。
「成清様がぜひ小侍従様へと置いて行かれました。宋伝来の散茶と呼ばれるお茶だそうでございます。器も宋のものだそうでございます。成清様は私めにその点て方もお教え下さいました。まことに・・・不調法者ゆえ、お味はご勘弁くださりませ」
「我が国にもお茶はあったらしいのですが、いつの世からか廃れておりましたが、今また味わえる世の中になったと成清様がお話なさってました。」
康忠は少しはにかみながら答えます。
「お体にとても良いから、是非にと。かの国ではお茶は大層な人気とか。なんでもかの宋には闘茶という遊びさえあるらしいです」
「その茶粥も同じく成清様の仰せ付けにございます。枸杞の実もお薬だと仰っておられました。それから・・・」
「それから・・・って、その油の浮いた椀ものはなんでしょう」
椀の中に何やら白い塊が沈んでいました。
「それは・・・すっぽんという亀の肉でございまして・・・」
康忠は口ごもりながら申します。
「なんでも、滋味深く、小侍従様がひと時も早くお元気になられますようにと・・・八尾の久宝寺あたりに多く産するとか・・・」
「これも成清が手配したのですか」
「いや、これは頼政様でございます。滋養にと頼政様も日頃お召し上がりのようで」
「頼政様、弱ってらっしゃるのでしょうか」
心配になってうかがいました。
「あ、いや、大層お元気にて、はや七十になんなんとなされまするが騎乗もお手のもので、よく遠乗りもなされます。」
しまった、という表情をありありと浮かべる康忠です。表裏なく素直なこと、宮人には感じられない心を私はとても嬉しく感じました。ああなるほどそういうしだいでしたか。頼政様、お元気あそばされ何よりですこと、と半分は可笑しく、あとはやや腹立たしくも思われたのでございます。康忠をいじめてはなりません。此方にお渡り遊ばれることもなくなって久しゅうになります。お盛んなお噂は時に耳に入ってまいります。わたくしも五十路を過ぎました。それにしても、あの大きな身体をゆすってお笑いになるお顔を思い浮かべると、腹をたてるのも愚かに思えます。私を案じてこのような料理をお手配なさったお心ばえ、やはりおかしく、嬉しくもあります。お茶なるもの、口に含んだ途端苦味が強く感じられましたが、かすかな甘みがその後に広がり、思いの外さっぱりと飲むことができました。一口ごとにお茶の香りや味が体中に染みわたるようでした。茶粥はとても美味しくいただきました。すっぽんの甲羅を粉にした薬というのは聞いたことがあります。しかしその肉を・・・正直気味の悪さが先立ちましたが、塩味を薄く効かせた汁、やわらかな肉の味、どうにかいただくことができました。
食事の終わりにまたお茶を頂きました。黒の器のお茶に合う事、また口に運んだ時のしっくり馴染むこと、宋の方々のお暮らしにも思いを馳せました。
「成清様がおっしゃいますには、明日以降もっと珍かなるものをお見せしたいと。」
十数年お宮にお仕え奉り、この数年は女房方のあまりにはしたなく憂きこと多く侍り、心も身も病み果てておりました。起き上がれず太皇太后多子様へのお仕えもままならなく、泣く泣く臥せっていることも多くなりました。いかほどにか口惜しかった日々、私の局に参っている女房たちへも咎が及んではと耐え切れずに退所を決めたのでございました。大宮を下がり、みそかあまり養生しておりましたが、お頼り申し上げていました平経盛様からのお勧めの厳島への旅を決意したのでした。
春の暮色が迫る頃、ふと中庭へ目をやると、なにやら白い色が浮かびました。目を凝らすと、それは牡丹の花がこぼれんばかりに咲いていました。牡丹・・・それは頼政様のご家紋の徴であることを思い起こしました。白は源氏の色です。それは闇の底に白く残照のように咲き誇っていたのでした。
これは我が家の芍薬の花