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「そうでございましたか。文徳殿、まさにいたる所の青山あり是る処の青山 骨を埋む可しの人生ですな。感服いたした。」競さまが盃を傾けながら仰います。
「先ほどの清親が吟じた『涼 州 詞』、あの詩を文徳殿は泣けてくると申された。万感の思いが詩句から伝わったのだろうな。」
「恐れ入ります。それはわが国万民の心でございます。ああ、お話しばかりでは・・・さあ、お持ちなさい」
文徳さまが娘たちに促して出てきたのはお粥のようなものと白いかたまりでした。
「これは体にとても良いものです。とくにナズナは日本でも正月七日に食すお粥に入れられていると聞いております。その若い苗のころ収穫し干しておいたものです。簡単に水で戻した後ゴマ油で炒めてからコメと煮ます。生姜も少し入れてます」
「その白いのは豆腐と呼んでます。大豆で作ります。これも少し生姜を載せて醤油を垂らすと美味しい」
どれどれ、と真っ先に成清が手を出します。
「おお、うまい。さっぱりしたなかにほんのり苦味と甘さがでておるのう。豆腐、うん、うまい。味の強い料理のあとで猶更よいの!」
「その粥も、実は先ほどお話にでた蘇東坡先生の発明です」
文徳さんは笑顔でお話になられます。
「精進料理のお品です。わが国では二千年ほど前には「素食」と呼ぶ似たような食が潔斎などの宗教儀礼の時に出されています。ナズナの利用はさすがに貧苦をものともしなかった蘇東坡先生です」
「君、この味をしめたならば、山の幸、海の幸も美味しいと思わなくなろう。これ、大自然が山奥に隠居する者への禄なり。蘇先生がそう仰った記録があります。わが宋では現在、禅宗が盛んになっておりますから精進料理も様々に考案されております」
「いやあ、文徳殿、今宵は宋の料理をたらふく頂いた。酒もまあいろいろ味合わせてもらった。そしてまた詩も楽しませてもらったぞ」
兼綱さまがお酔いになられたようでお顔を赤くして仰います。
「うむ・・・して・・・文徳殿・・・貴殿は学識並々ならぬものをお持ちじゃ。太学を離れて久しい年月、ずいぶんとご苦労されながらも学問を学んでおられる。蘇東坡殿ではないが、調理の道も身に着けられておられる。そんな貴殿がこれから先どのように生きていかれようとお考えか。知りたいところじゃ」
康忠さまが私も知りたかったところをお尋ねになりました。
・写真 吉野水分神社